明けの明星が輝く空に 第77回 幻の一作
【最近の私】やっと『真田丸』にも緊張感が出てきて、まずは一安心。個人的な意見だが、大河ドラマに“おちゃらけた”シーンを入れるのは、名刹と呼ばれる古寺の本堂が、アニメの美少女キャラで参拝者を釣ろうとしているようなものだ。見てほしいのは、そこではないはず。
子供のころ、『ウルトラセブン 第2集』(東芝レコード)というレコードを買ってもらった。実はこのレコード、2年前のネットオークションで10万円以上の値が付いたらしい。その理由は、『ウルトラセブン』の第12話「遊星より愛をこめて」が収録されているからだ。
「遊星より愛をこめて」は現在、DVDなどの映像ソフトでは見ることができない。ウルトラシリーズを世に送り出した円谷プロダクションが、それを「欠番」としているからだ。いわば幻のエピソードである。たとえレコードという、映像が見られないソフトであっても、ファンの間では貴重なアイテムなのだ。
なぜ欠番となっているか。その理由は、作品に登場する宇宙人の設定にある。「遊星より愛をこめて」のスペル星人は、母星での核爆弾の実験失敗で放射能を浴びたため、血液に異常をきたし、地球人の血液を手に入れようと来襲。その頭部や体の一部には、傷跡のようなものが広がり、爆発事故で重度の火傷を負ったことを連想させるデザインとなっている。そして放送から3年後の1970年、ある雑誌に「ひばく星人」として紹介されたことが、騒動の火種となった。
子供向けの雑誌だったため「ひばく」という表記だったが、これはもちろん「被爆」のことである。それを知った原爆被害者関連団体の委員が出版社に抗議文を送り、新聞も「被爆者を怪獣扱い」と報じて騒ぎが大きくなった。これを受けて円谷プロは、自主的に「遊星より愛をこめて」を封印してしまったのだ。
実際は、番組内で「ひばく」という表現は一度も使われていない。また、スペル星人の体の表面にある装飾も、爆発事故の傷跡だという説明はないため、円谷プロに直接的な責任はないという言い方もできる。ただし、はっきり表現していないとはいえ、作品を見た者にそういったことを連想させる可能性は否定できないだろう。そして、より問題を深刻にしたと推測されるのが、スペル星人のデザインだ。彼がバルタン星人のように、人間離れした姿であればまだ良かったかもしれない。しかし、肌の質感も含め、スペル星人はかなり人間の姿に近く、そこに痛々しい火傷の痕のような装飾が施されていたのだ。
実はこういったデザインは、ウルトラシリーズ初期の怪獣デザインを担当していた彫刻家、成田亨氏のポリシーとは、相容れないものだ。成田氏は怪獣をデザインする際、「奇形化」や「傷跡」という、生理的な怖さを演出するような意匠は使わないようにしていた。それがどうして上記のデザインになったかというと、「遊星より愛をこめて」を担当した実相寺昭雄監督の、強い要望があったからだという。実相寺監督は、独特なカメラワークや映像美でファンから高い支持を受けているが、怪獣の姿に関しても独自の感性を持っていた。それが分かるのが『ウルトラマン』第14話の、愛嬌のある姿をした怪獣ガマクジラを巡るエピソードだ。実相寺監督はその著書『ウルトラマン誕生』の中で、ガマクジラはおぞましく生理的にいやらしいものにしたかったが、できてきたものを見て失望した、と告白している。
一説によると、スペル星人も当初はヒト型ではなく、カブトムシをモチーフにしたデザインだったらしい。もしそうだったら、大問題にはなっていなかったかもしれない。また、スペル星人の母星での事故は核兵器の恐ろしさを暗示しており、「遊星より愛をこめて」には、核兵器廃絶を訴えるメッセージが込められていると解釈することもできる。『ウルトラセブン』のヒロイン役で出演されていた、ひし美ゆり子さんのブログによれば、当時「遊星より愛をこめて」に抗議したジャーナリストが後年、「番組を見ずに抗議したのは大きな間違いだった」と語ったそうである。
「遊星より愛をこめて」は、ネット上では視聴することが可能だ。僕も実際に作品を見たが、少なくともストーリーは原爆被害者の方々を傷つけるようなものではないと感じた。果たして、皆さんはどうだろうか。映像が視聴できるURLを以下に記しておくので、興味のある方はご自分の眼で確かめていただきたい。
http://www.dailymotion.com/video/x2xytqc_1967-12-17_tv
ちなみに、僕が持っているレコード『ウルトラセブン 第2集』は、傷だらけでろくに聞くことができない。だからネットオークションに出しても、まったく値がつかないだろう。でも、もし傷がなかったとしても、それを手放す気など毛頭ない。傷だらけであっても、それほど貴重なウルトラ関連グッズを自分は持っているんだと、誇らしくさえ思っているのだから。
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る