明けの明星が輝く空に 第80回 ゴジラという災厄
【最近の私】『シン・ゴジラ』は、尾頭さんと蒲田くんという、予想外の人気キャラを生んだ。見ていない人には全く伝わらないだろうけれど、興味があればググってみてください。ちなみに僕は以前から、尾頭さん役の市川実日子さんは好きでした。蒲田くんは画像検索がおススメ!
大ヒットとなったゴジラシリーズ最新作、『シン・ゴジラ』。その物語終盤で、主要登場人物の一人がこんなセリフを言う。「スクラップ・アンド・ビルドで、この国はのし上がってきた。今度も立ち直れる」。実際に日本は、これまで戦争のほか、大地震などの自然災害で甚大な被害をこうむりながらも、その都度復興の道を歩んできた。そこに思いが及んだとき、僕はこのセリフに勇気をもらった気がした(実際に被害に遭われ、大きな悲しみの中にある被災者の方々にとっては、このセリフは空虚な響きしか持たないかもしれない。しかし、過去に同じような経験から立ち直ってきた人々がいた事実を思い起こすことが、彼らにとって多少なりとも力になると信じたい)。
『シン・ゴジラ』が描いているのは、ゴジラという人類に対する災厄だ。これまで『シン・ゴジラ』ほど、この災厄というものを強烈に感じさせる怪獣映画はあっただろうか。もちろん、過去の特撮作品に登場した怪獣たちの多くも、自然災害や人為的災害のメタファーだった。たとえば、口から放射能を吐き東京を火の海にした初代ゴジラ(1954年『ゴジラ』)は、原水爆という兵器や東京大空襲という戦災を想起させる。『ゴジラ』が公開されたのは戦後9年目で、マーシャル諸島ビキニ環礁の水爆実験による、第五福竜丸の被ばくからは、わずか8カ月後だったことを考えると、当時の観客が受けた衝撃は計り知れないものがある。
その点において、当時はまだ生まれてもいなかった僕は、『ゴジラ』の真の衝撃を知らない。しかしあえて言わせてもらえるなら、ある意味『シン・ゴジラ』のゴジラ(以下「シンゴジ」)は、初代ゴジラを超えたと思っている。というのも、初代ゴジラが想起させたものは戦災だが、シンゴジの場合、それは世界の終焉だったからだ。特撮作品で、「世界が終わる」という絶望感に陥ったのは、『シン・ゴジラ』が初めてだった。
これは、シンゴジが理解不能な存在として描かれていたことと無関係ではないだろう。映像からは、シンゴジが何を考え、何をしようとしているのか、まったく読み取れない。通常の怪獣は、怒りといった感情や、捕食といった本能が行動原理になっているが、シンゴジにはそれが皆無だ。多摩川を防衛ラインと設定する自衛隊からあらゆる攻撃を受けても何の反応も示さず、それまでと同じようにゆっくりと、ただただ前進を続ける。初代ゴジラは目の前で鐘の音を響かせる時計塔に驚き、威嚇するかのように吠えた後、それを破壊したが、シンゴジはそんな生物らしさもまったく見せなかった。
攻撃に対して初めて反応したのは、都心に迫ったのち、米軍によって地中貫通型爆弾を背中に打ち込まれた時だ。大量に出血した直後、シンゴジは空に向かって咆哮し、ゆっくり顔を下に向けると、口から大量の黒煙を吐き出し始める。そして黒煙はすぐに火炎に変わり、辺り一帯を焼いていく。しかしここでも、怒りなどの感情は感じ取れない。勝手に口から炎が噴き出してくるといった様子で、意思とは無縁の単なる生体反応のようだった。
しかし、この生体反応が尋常ではなかった。口からの炎は、やがてエネルギーが圧縮されように細くなり、最後は強い光を放つ熱線と化す。そして火炎とは比べ物にならない威力で、周囲の高層ビルを貫通、あるいは破断し、東京を破壊していく。さらに、背中から幾筋もの熱線を四方に放射して米軍爆撃機を撃墜。それでも熱線は止まらず、放射され続けた。この時のシンゴジの姿は、「反撃」よりも「暴走」という言葉がふさわしい。その一方で、オレンジ色の炎が大都市を包み、薄紫色の熱線が夜空に走る映像は、まるで夢物語のように美しく、BGMの哀しげで気品さえ漂わせる旋律と相まって、神話の一場面のようにすら見えた。映画を見ながら「世界が終わる」と感じたのは、まさにこの時だ。
世界の終焉を感じさせるあたりは、アニメ作品のエヴァンゲリオンシリーズに似ているが、これは偶然ではない。『シン・ゴジラ』の庵野秀明総監督(脚本なども担当)は、エヴァの生みの親でもある。また音楽は、どちらも鷺巣詩郎氏が担当しているのだ。ついでに言えば、庵野監督の盟友であり、『シン・ゴジラ』で監督・特技監督も務めた樋口真嗣氏は、短編映画『巨神兵東京に現わる』(2012年)で監督を務め、巨神兵が口からプロトンビームを発し東京を壊滅させるというシーンを、CGなし(ミニチュア特撮)で映像にして見せた。この3人の力が結集して出来上がった『シン・ゴジラ』の暴走シーンは、ひょっとしたら怪獣映画の枠を超えた名場面として、語り継がれていくことになるかもしれない。
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る