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明けの明星が輝く空に 第82回 『シン・ゴジラ』に込められた敬意

明けの明星が輝く空に 第82回 『シン・ゴジラ』に込められた敬意

【最近の私】スポーツ選手が使う“exciting”は訳しにくい。ところが先日、NHKの番組の字幕で、「エキサイティング」となっていた。「レガシー」同様、「エキサイティング」も訳語として市民権を得てくれたら…。こう考えるのは、横着というものだろうか。
 

特撮ファンやゴジラファン以外の間でも、まだまだ『シン・ゴジラ』の話題は尽きないようだ。11月3日の「ゴジラ生誕の日」(ゴジラシリーズの1作目『ゴジラ』公開日は1954年11月3日)からは、ソフトバンクの新テレビCMにシンゴジが登場している。個人的にも、予約した公式記録集『ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ』が発売されるのを待っている状況でもあり、まだまだ僕の熱も冷める気配がない。ということで、今月も『シン・ゴジラ』の記事にお付き合い願いたい。
 

最初に『シン・ゴジラ』を観た後、パンフレットを開くと、庵野秀明総監督の次のような言葉が載っていた。
 

「過去の継続等だけでなく空想科学映像再生の祈り、特撮博物館に込めた願い、思想を具現化してこそ、先達の制作者や過去作品への恩返しであり、その意志と責任の完結である」
 

ひとつ説明しておくと、「特撮博物館」とは、2012年に東京都現代美術館で開催された展覧会「館長庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」のことだ。パンフレットにあった「先達の制作者や過去作品への恩返し」という言葉を見て、僕は非常に納得がいった。『シン・ゴジラ』は、いろいろな点で「敬意」に満ちた映画だったからだ。
 

それはまず、オープニングから感じられた。東宝映画の古いロゴがスクリーンに出ると、ゴジラの足音らしき轟音が響き、映画タイトルが映し出されゴジラの咆哮がとどろく。オリジナルの『ゴジラ』(1954年)と同じスタイルだ。タイトルの文字も、そっくりなデザインになっている。「これは『ゴジラ』と、それを撮った本多猪四朗監督に対する敬意を表した作品である」と、オープニングで宣言しているのだといえる。
 

また『シン・ゴジラ』のゴジラ(以下シンゴジ)は、進化して姿を変えるなど多くの新機軸を打ち出しているが、本質的な部分では初代ゴジラを踏襲している。それは核の被害者であるという設定だ。初代ゴジラは、水爆実験で安住の地を追われただけでなく、口から放射能を吐く怪物となってしまった。ただ、そうしたゴジラが背負う悲しみは、シリーズが進むといつの間にか忘れ去られ、ただの怪獣ヒーローになってしまった。そしてあろうことか、ギャレス・エドワーズ監督による『GODZILLA ゴジラ』(2014年)では、水爆実験とは名目上のことで、実はゴジラを退治するための作戦行動だったという設定となり、核兵器を持つことの愚かさを訴えるメッセージは一切消えてしまった。しかしシンゴジは、海洋に遺棄された放射能廃棄物によって怪物化したという設定にすることによって、初代ゴジラが持っていたメッセージ性を取り戻したのだ。
 

他に、庵野総監督の言う「先達の制作者や過去作品への恩返し」を強く感じたのは、シンゴジが2回目に上陸した際のBGMを聞いた時だ。流れたのは伊福部昭作曲の、ゴジラ映画おなじみのメロディーだった。以前もこのブログで紹介した通り(第54回「伊福部昭の音楽」参照)、伊福部氏は初期のゴジラシリーズなどに楽曲を提供した作曲家で、ゴジラと伊福部音楽は切っても切れない関係にある。そして僕を感動させたのが、東京まで達したシンゴジを「停止」させるため決行された「ヤシオリ作戦」の場面(JVTA新楽直樹代表が、「3回観て3回泣きました」というシーン)で流れた、いわゆる「伊福部マーチ」だ。『シン・ゴジラ』で使われたのは、異星人と地球人の戦いを描いた『宇宙大戦争』(1959年)バージョンだそうだが、ゴジラシリーズの『怪獣大戦争』(1965年)などでも同じ曲が使用されており、この曲のファンは多い。このアップテンポで、どこか誇らしげな気分にさせてくれる伊福部マーチをバックに、シンゴジへ向け疾走する無人の新幹線爆弾を見ると、僕はなぜだか涙が溢れそうになる。
 

しかし、『シン・ゴジラ』の最大の「恩返し」は、ゴジラを前例のない驚異的な怪獣として再生し、これまで以上の高みに押し上げたことだろう。その意味で、一番感謝しているのはゴジラ自身かもしれない。ガメラが「ハードル上げられちまってよぉ…」と酒場で愚痴るツイッター(https://twitter.com/purebansokuhou/status/762634756169138176)があるが、今後『シン・ゴジラ』を超える怪獣映画を作るのは、並大抵のことではなさそうだ。おそらく人間界からも、「ハードル…」という声が聞こえてくる気がする。
 

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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る