明けの明星が輝く空に 第90回 特撮俳優列伝4 岸田森
【最近の私】僕が始めた低酸素トレーニングは、1回30分でキツくないが、いい汗がかける。週末以外に運動する習慣もつき、これで酸素摂取能力が高まれば言うことない。
岸田森(1939年~1982年)の演技を見ることは、僕にとって大きな喜びだ。抑制を利かせつつも、しっかり心の動きを見せる演技。知性を感じさせる佇まいと、落ち着きのある声のトーン。全てが魅力的だ。
岸田氏の魅力を堪能できる作品といえば、まず『怪奇大作戦』(1968年~1969年)が挙げられる。演じたのは主人公の一人、SRI(科学捜査研究所)の牧史郎で、彼は知的な反面、少々エキセントリックなところがあった。4話「恐怖の電話」では、真相解明への強い思いから、事件の被害者に容赦ない質問を浴びせかけ、仲間に制止される。岸田氏は、乱暴な物言いになりながらも知性を失わず、それでいて近寄りがたい雰囲気を出すことに成功している。ちなみに、牧に詰問される女性を演じたのは、前回の記事で取り上げた桜井浩子さんである。
また牧は、普段のクールな佇まいとは対照的に、感情の豊かさを垣間見せたこともある。それは『怪奇大作戦』随一の人気エピソード、25話「京都買います」でのことだ。事件にかかわりを持つ女性に淡い恋心を抱いた牧は、やがて彼女に対する疑念を深め、最後は悲しみに沈む。全体を通して叙情的な空気が流れるこのエピソードに、抑制の利いた岸田氏の演技はピッタリだ。いや、岸田氏の演技があればこそ、作品全体を包むしっとりした空気感が出せたのではないだろうか。事件解決後にシュールなエンディングが待っており、そこで牧が浮かべる愕然とした表情も印象的だ。
岸田氏の魅力は、『帰ってきたウルトラマン』(1971年~1972年)でも存分に楽しめる。演じたのは、坂田健という小さな自動車修理工場の経営者で、ウルトラマンと合体する前の主人公、郷秀樹はそこで働いていた。坂田にはアキという妹がいて、郷とは恋人のような関係だ。16話『大怪鳥テロチルスの謎』で、彼女は郷とケンカをしてしまうのだが、僕はこのときの坂田が忘れられない。彼はアキの髪についた雪を払ってやりながら、こう言う。「東北あたりでは風花(かざはな)と言ってね。青空なのに雪がちらつくことがある。まるで花びらのようにひらひら舞うんだ。その風花を見ると、もう冬が来たんだなって、そう思うんだ。」そこに慰めの言葉は一切ない。それなのに、アキを思いやり、優しく見守っているんだなということが、口調や表情からひしひしと伝わってくる。岸田氏の俳優としての力量をうかがい知ることのできる、名シーンだ。
ところで坂田が、一見関係ないと思える「風花」の話をしたのはなぜだろうか。僕なりに解釈すると、「青空」は二人の関係が順調なこと、「雪」はそこに訪れる異変=ケンカのたとえで、「冬」のような時期があっても、いつか春は来るんだよ、といったところか。それにしても「風花」とは、なんと風雅な言葉だろう。岸田氏の口から出ると余計にそう感じられる。脚本家も、坂田を演じるのが岸田氏だったからこそ、このセリフを書いたのかもしれない。
「風花」のセリフは、凡人が演じればキザに聞こえてしまうだろう。坂田は他のエピソードでも、似たようなセリフがあった。それは1話「怪獣総進撃」でのものだ。坂田と郷には手製のマシンでレースに優勝するという夢があったが、怪獣の襲撃で郷は命を落としてしまう。悲嘆にくれる坂田は、郷への手向けとしてマシンに火をつける。このときのセリフが、「俺がお前にしてやれるのは、この程度だ。あんまり飛ばすんじゃねえぞ」だった。抑制が利いた演技ながらも、坂田の悲しみと無念さが見事に表現されており、微塵もキザだとは感じさせないのは見事だ。
最後にもうひとつ、僕が好きな坂田を紹介しよう。それは、6話「決戦!怪獣対マット」のワンシーンでのことだ。無敵の怪獣に対し、東京を壊滅させるほどの破壊力を持った兵器の使用が決定され、市民に避難命令が出る。しかしアキは重傷を負い入院中で、遠距離の移動ができない。坂田は自宅にアキを連れて帰り、東京に残ることにした。そのままでは死んでしまうと言われたとき、彼はおもむろに「昭和20年…3月。空襲のとき、私はまだ3歳でした」と話し始める。それは疎開するのを嫌った母親の話だった。唐突な話し出しであるが、坂田の醸し出す雰囲気によって、自然と話の中に引き込まれる。そして最後に、「防空壕に飛び込んで、この子だけは殺さないでくれ」と祈った母親に自分は似ている、と言って笑みを浮かべる坂田。その言葉にはアキへの思いと、彼の覚悟が示されていたのだが、岸田氏は見事にそれを表現して見せた。
名優岸田森は、43歳という若さで病に倒れた。生きていれば、どんなに魅力的な芝居を見せてくれていただろうか。あれほどの才能に恵まれた俳優には、なかなかお目にかかることはできない。かえすがえすも残念だが、せめて残された映像作品で、その演技を存分に堪能したいと思う。
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る