明けの明星が輝く空に 第97回 特撮俳優列伝8 土屋嘉男
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2月8日は、東宝特撮映画の常連だった土屋嘉男さんの命日だ。土屋さんは黒澤明監督の作品にも多く出演していて、『七人の侍』(1954年)では農民の利吉を演じているので、顔をご存知の方も多いのではないだろうか。
土屋さんは『七人の侍』の撮影当時、黒澤監督の自宅に居候しており、二人して夜が更けるまで語り合うほどの仲だったが、“特撮の神様”円谷英二氏とも親しかった。SF好きだった土屋さんが、『七人の侍』と撮影期間が重なっていた『ゴジラ』(1954年)に興味を持ち、円谷氏にいろいろ質問したのがきっかけだという。出番がないときには黒澤組のスタジオをこっそり抜け出し、『ゴジラ』の撮影を覗きに行っていたそうだ。その際、円谷組のスタッフが「そろそろ本番だ」とわざわざ知らせに来てくれた上、円谷氏も土屋さんが来るのを待って撮影をスタートしたというから、破格の待遇と言える。
そんな土屋さんを見た黒澤監督は、「おかしな映画には出るなよ」と釘を刺したそうだが、同時に「イノさんのところならいいよ」とも言っていたらしい。イノさんとは、『ゴジラ』でメガホンをとった本多猪四朗監督のことだ。黒澤監督とは親友で、お互い「イノさん」「クロさん」と呼び合う仲だった。かくして、“世界のクロサワ”が認めた本多監督のもと、土屋さんは東宝特撮映画に欠かせない俳優になっていく。
映像の中の土屋さんを見てまず印象に残るのは、意志の強さを感じさせるキリっとした顔つきと、知性を漂わせる落ち着いた口調だ。1965年の『フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)』での元軍人役は、そういった土屋さんの魅力がストレートに出ており、ケレン味のない芝居っぷりに好感が持てる。また円谷氏との縁からゲスト出演した特撮テレビ番組『ウルトラマン』と『ウルトラセブン』では、どちらも博士役を演じているが、これもハマリ役と言えるほどさまになっていた。
ただし本人は、真面目な役は好みでなく、博士役でも一癖あるようなキャラクターでなければ嫌だったと述懐している。実際、『地球防衛軍』(1957年)では科学者役をオファーされたが、自分から志願して宇宙人役で出演。このとき、「顔が見えないからダメだ」と反対する東宝の演技課に対して、「俳優は顔が見えればいいってもんじゃないだ!」と反論したそうだ。結果、土屋さんは終始、F1レーサーが被るようなフルフェイスのヘルメット姿で登場することになる。
この『地球防衛軍』は、土屋さんに関する撮影裏話が面白い。登場する宇宙人(ミステリアン)は、人類に向かって「チキュウノミナサン」と機械的な口調で語り掛けてくるのだが、これは土屋さんが本多監督に提案したアイデアだった。土屋さんは、科学の進んだミステリアンは地球人とのコミュニケーションに翻訳機を使うだろう、と考えたのだ。さらに、翻訳機を通した日本語の裏から、ミステリアンがしゃべる宇宙語がかすかに聞こえてくるが、これは土屋さん本人がドイツ語とフランス語に、芥川龍之介の小説『河童』に出てくる河童語を混ぜて作ったものだそうだ。土屋さんの言い方を借りれば、「俳優は演技だけ考えていればいいってもんじゃないんだ!」ということか。ともかく、土屋さんが真剣に役と向き合っていたということと同時に、大変な凝り性であったことも窺い知れる、貴重なエピソードだろう。
そんな土屋さんの代表作を、一つだけ挙げろと言われれば、多くのファンは迷わず『ガス人間第一号』(1960年)を選ぶのではないだろうか。これは、ある科学者の実験によって、体を自由に気体化できる“ガス人間”となってしまった男(水野)が、愛する女性(藤千代)の窮地を救うために強盗・殺人を繰り返す話で、悲しい結末には心を揺さぶられる。水野を演じた土屋さんは後年、自身の演技について「変にうまぶった芝居をしていない」し、「自然体で喋ったり動いたりしている」と評価しているが、抑えの効いた演技だからこそ、水野の大胆不敵さや藤千代への想いにリアリティが感じられる。特に僕が好きなのは、新聞記者達を前に自分が犯人だと名乗り出る場面だ。ガス人間であるが故に、絶対に捕まらないという自信に裏打ちされた、大胆不敵な行動。落ち着いた態度と同時に見せる挑戦的な表情に、演技者としての土屋さんの魅力が詰まっているような気がする。ちなみに、相手役の藤千代を演じたのは八千草薫さんだ。意外な人が特撮作品に出演していて驚かされるのは、昔も今も変わらない。
土屋さんは、トークショーのゲストに呼ばれた際、「チキュウノミナサマ、ゴキゲンヨウ」と言って最後を締めくくることもあったようだ。89年の生涯を閉じて星になった今、どんな想いで、宇宙空間から地球を眺めているのだろうか。
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る
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