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『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督)が海外で愛される理由 ロサンゼルス在住映画ジャーナリスト中島由紀子さんが解説

『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督)が海外で愛される理由 ロサンゼルス在住映画ジャーナリスト中島由紀子さんが解説

『ドライブ・マイ・カー』に続け!
海外で評価される日本映画の秘密とは何か? 映画ジャーナリスト中島由紀子さんが解説
 

濱口竜介監督の映画『ドライブ・マイ・カー』が第94回米アカデミー賞の作品賞を含む4部門にノミネートされた。カンヌ国際映画祭では脚本賞、ゴールデングローブ賞の非英語映画賞を受賞するなど日本映画の歴史を塗り替えている。さらに濱口監督は、2022年2月に開催された第72回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門の審査員を務めたほか3月には、第72回芸術選奨の文部科学大臣賞を受賞。日本アカデミー賞でも最優秀作品賞、最優秀監督賞を含む8部門を受賞。英国アカデミー賞(BAFTA)では非英語作品賞を受賞するなど国内外で今最も注目を集める映画の一つとなっている。これまでJVTAでは『偶然と想像』をはじめとする濱口監督作品の英語字幕を担当してきた。『ドライブ・マイ・カー』でも制作に協力している。
 
これまで日本の実写映画がハリウッドで注目を集めることは難しいと言われてきた。その中での快挙となった本作への反応について、ハリウッドで40年以上スターへの取材活動を続けている中島由紀子さんにお話をうかがった。中島さんは、ハリウッド外国人記者クラブ(Hollywood Foreign Press Association)のメンバーであり、ゴールデングローブ賞の投票権を持つ5人の日本人のうちの一人だ。JVTAロサンゼルス校では、映像翻訳クラスの講師を務めている。日本映画が海外でヒットした背景にはどのような要素があったのか。中島さんの見解をお届けしよう。
 

 

JVTA 中島さんはゴールデン・グローブ賞で『ドライブ・マイ・カー』に投票されたようですね。映画の感想を教えてください。
 
中島さん 見終わった後は「すごいものを見た!」と感じました。しかし、何が凄かったのかはっきり掴めないんですよね。騒がしい会話が一切ない静かなトーンの映画なのに、見ている側は感情のアップダウンが激しいでしょ? 作中であまりにもいろいろなドラマが起きるので、感情のレイヤーが幾重にもなって見ている側はストリーの深さに引き込まれます。観客の多くも、西島秀俊演じる主人公、家福の心の中が手に取るように理解できたのではないでしょうか。
 

JVTA 特に印象に残っていることは何ですか?
 
中島さん 映画の静けさに圧倒されました。静かなのに、次々と引っかかるポイントが出てくるし、登場人物の感情がどんどん入ってくる。あの静けさには、小津安二郎監督の映画のような印象を持ちました。小津映画の特徴と言えば、ローアングル、カメラを動かさない静かなトーンが特徴。海外でも、小津をリスペクトする人が多くいます。日本的な作り方で多くの人の心を動かしたのは、濱口監督のなせる技ですね。
 

JVTA 中島さんの周りの映画関係者の反応はいかがですか?
 
中島さん カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した時から、アメリカの映画関係者の間でも話題になっていました。“マスター・ピース”と呼ぶ人もいましたよ。 “マスター・ピース”という言葉は簡単には使わないので、その言葉からも評価の高さが伺えます。
 

JVTA 本作が海外でも評価されている理由はどこにあると思いますか?中島さんの見解をお聞かせください。
 
中島さん 海外の観客も、登場人物の感情に共感できたからでしょうね。感情というものはグローバルです。この映画は、主人公、家福の絶望が出発点になるわけだけど、例えば愛など、人の心のコアな部分は宗教や文化を超えて海外の人も同じものを持っている。良いことは良い、悪いことは悪い。それは世界共通なので、外国の方にも届いたのだと思います。
 

JVTA ハリウッドでの濱口監督に対する期待値はどうでしょうか?
 
中島さん ハリウッドからお誘いはあるでしょう。お若いのに素晴らしい観察力をお持ちの方ですよね。アカデミー賞を取った後、ハリウッドに呼ばれて映画を作ると、独自のビジョンを崩してしまう監督が多くいますが、濱口監督には自身のペースとビジョンとスタイルを守って活躍してほしいです。
 

JVTA 他の非英語映画と比較して、本作が特に優れている点はありますか?
 
中島さん 分かりやすい比較をすると、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』も世界中でヒットしましたが、あれは一般受けするエンタメ映画ですよね。社会問題が描かれつつもサスペンスやホラーの要素がある大衆向けの作品です。一方で『ドライブ・マイ・カー』は、玄人向け。多くの人が好きになるスタイルではないですが、世界で賞を取っているのは、映画作品として優れているからだと思います。原作が村上春樹氏ということも注目の一つと思われがちですが、アメリカでの反応を見ているとあまり関係ないのではと感じています。映画関係者でも「原作者は誰?」と聞いている人もいたくらいです。
 

JVTA アメリカでのPRや売り出し方はどうでしたか?
 
中島さん カンヌで注目されてからスピーディーにアメリカでも宣伝が始まっていました。これまでは話題になったとしても、「なぜすぐにアメリカに来ないのだろう?」という時期が必ずありました。でも『ドライブ・マイ・カー』は、早い時点で配給会社がついたのか、日本の制作側の対応が早かったのか、アメリカの観客にもすぐに届いたのは良かったですね。
 。

JVTA 今回の『ドライブ・マイ・カー』の快挙に触発されて、アメリカでのPRに力を入れる作品も増えてくると思いますが、今後、日本映画に期待することを教えてください。
 
中島さん 映画はアメリカでヒットするかどうかが重要ですが、今、アメリカ社会では、ダイバーシティが重んじられているため、外国のものを受け入れる土俵が整っています。視聴者が、自分とは異なる見た目や文化を持つ人を画面の中でも目にすることに慣れているため、“外国っぽい”とも思わなくなっています。つまり、日本映画もアメリカで受け入れてもらえるチャンスがあるということです。
 
また、『ドライブ・マイ・カー』は人の心を丁寧に描いた静かな映画で、派手なカーチェイスや銃撃シーンがなくても海外、特にアメリカでも評価されるということが証明されたと思います。シンプルに、ストーリーテリングで観客の心を掴む。濱口監督は、作品と観客の距離感をよくわかっていると思います。無理やり海外に寄せて映画を作る必要はないので、日本映画の良さをキープしてほしいと思います。
 

「感情はグローバルなものだからこそ、この映画が海外の観客にも響いた。」そう語ってくれた中島さん。海外の劇場で現地の人と一緒に日本映画を見ると映像翻訳者は、制作者のメッセージを観客に届けるという最大のミッションを背負っていると改めて気づかされる。映像コンテンツのグローバル化・多言語化が勢いを増す時代において「言語や文化の違う人たちに作品を届ける」という映像翻訳者のニーズは高まり、その役割は、唯一無二であり続けるだろう。『ドライブ・マイ・カー』は第94回米アカデミー賞4部門にノミネートされたことでさらに注目が集まっている。3月28日(日本時間)の授賞式が待ち遠しい。
 

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