「倍返しだ!」はどう訳す?『半沢直樹』で語る英語字幕
視聴者の心をつかむ数々の名セリフを生み出し、2020年9月27日に最終回を迎えた堺雅人さん主演の連続ドラマ『半沢直樹』。今、米国の日本語チャンネルでも放送されているのをご存じですか? 同作品の英語字幕版は日本映像翻訳アカデミー(JVTA)の修了生が手掛けています。
主人公・半沢直樹の「倍返し」はもちろん、さまざまな登場人物の言葉を、プロはどのように翻訳しているのか――とても気になりますよね!
米国放送版の最終回に向けて、2020年10月現在も日英字幕翻訳に取り組んでいる修了生・森崎紀子さんにお話を伺いました。
森崎紀子さん●『相棒』『仁―JIN』『下町ロケット』『グランメゾン東京』『坂の上の雲』『リーガル・ハイ』など、日本の人気ドラマの英語字幕を多数手がける。母校であるJVTAロサンゼルス校で講師をしていたことも。現在はハワイ在住。『半沢直樹』の好きなキャラクターは香川照之さん演じる大和田。
――森崎さんは本作と同じTBS系のドラマでは『JIN-仁』や『下町ロケット』『グランメゾン東京』の英語字幕も手掛けられました。いずれも調べものが多そうです。
森崎さん●日本独特のビジネス用語や金融・IT用語が登場する『半沢直樹』も大変でした。例えば、半沢らが事業再建に関するやり取りをする際に何度も使う「スキーム」という言葉。「計画」や「枠組み」を意味するビジネス用語ですが、本来schemeとは“何か(悪いことを)企てている”ようなニュアンスが含まれます。字幕にそのままschemeと書けば意図されていない意味で視聴者に伝わります。でも、「私は半沢が働く業界に詳しくない。もしかしたら金融の世界では違うのかも…」と専門家に聞いてみたんです。――答えはやはり、「schemeだとネガティブなので、ファイナンシャルプラン、プログラム、プロダクトがいいでしょう」と。英語字幕では別の言葉に置き換えました。
――和製英語との闘いもあるんですね。
森崎さん●『半沢直樹』シリーズは日本独特のサラリーマンのお話です。原文に忠実に訳した方がいいと思う一方、英語ネイティブにとってより自然な言い回しにした方がいいと思う場面も。このバランスは、いつも悩むところです。
――今シリーズで、森崎さんが英語字幕で工夫したポイントを教えてください。
森崎さん●いくつかのセリフを振り返ってみましょう。どれも『半沢直樹』ファンの心をつかんだものばかりですよ。
「君はもう、おしまいです。お・し・ま・い・death!」
森崎さん●「君はもう、おしまいです。お・し・ま・い…」――ここまでを“You’re done. / D-o-n-e.”としたのはピッタリだったと思います。最後の一言は、本当は“You’re dead now.”などの方が自然だと思うんです。それでも“Death!”を選んだのは、大和田が映像ではっきりと“th”の発音をし、首を切る動きをしていたから。制作者が望むのは何かと考え、このようにしました。
――もしかしたら、視聴者も望むような英語字幕だったのかもしれませんね。
森崎さん●もう、ツバが飛んでくる勢いで言っているじゃないですか! 悩んだところですが、ここは“Death!”を使うしかないかな、と(笑)。
①「やられたらやり返す…倍返しだ!」
②「施されたら施し返す…恩返しです」
森崎さん●「~倍返しだ!」の訳は本当に悩み、巡りに巡って原文に近い訳に落ち着きました。ただ、「“payback”という言葉は使わないといけない」――そんな思いがずっとあって。さっきの“Death!”と同じで、制作者や視聴者が期待する表現を選びました。
英語での表現としてもっと自然なのは、
⇒ Tit for tat! I’ll get you back. Twice as bad.
…でしょう。“Tit for tat”は、「やられたらやり返す」という意味で、ビジネスのシーンでも使われます。決めゼリフでは使いませんでしたが、他のシーンの英語字幕で使っています。
――もう一つの「~恩返し」は大和田だけの決めゼリフかと思ったら、話が進むにつれ、半沢や、半沢の仲間の森山(賀来賢人)が「恩返し」の言葉を使うこともありました。特に前半(第1話から4話まで)のキーワードだったようにも思えます。
森崎さん●そうなんですよ。半沢たちが「恩返し」と言うときはgratitudeという言葉を字幕に使うようにしました。いつも感謝の気持ちを忘れずに、恩返しをするように。それでビジネスが成り立っていくんだ――というのが半沢の精神ですから。
大和田の場合は「恵みを与えられたら、私はそれをお返しする」みたいなニュアンスです。私はいつもギリギリまでもっと良い訳がないか考えているのですが、納品した後でも、もっとうまい言い方はないかな、と思いを巡らせてしまいます。翻訳者のサガですね(笑)。この前、テレビを見ていたらdebt of gratitude(恩義)というフレーズを使っている場面があって。これはいつか字幕に使えるなと思っています。「もっと上手ににできたはず」と後悔することも、翻訳作業の一部なんだと思います。
「(そうならないためにも)裏切るときは徹底的に裏切らなければなりません。人を刺すときの準備は念入りに、仕留めるのは一瞬で」
森崎さん●映像翻訳では1画面に出す字幕の長さを決める「ハコ切り」という作業があります。このセリフの場合、6秒/ 4秒/ 4秒、3つの区切りの中に英語字幕をおさめました。
日本人が英訳する場合、どうしても日本語を忠実に訳そうとしがちです。でも、そうすると字幕の流れがぎこちなくなってしまいます。私はJVTAのロサンゼルス校で英語字幕を教えていたこともありますが、受講生の皆さんには特にそこに気をつけるよう伝えていました。私自身、いつも意識しています。
『半沢直樹』シリーズはセリフが多く、テンポが速いのでハコ切りも苦労したポイントですね。
* * *
やっぱり、映像翻訳は面白い
森崎さん●ほかに、印象に残っているのは半沢が大和田に協力を仰ぐ時に絶叫する「お~ね~がぁ~~いぃ~~しぃ~~まぁぁぁ~~~す!」と、江口のりこさん演じる白井国土交通大臣が半沢に詰める時の「わ・か・り・ま・す・よ・ね?」です。ともに7話に登場するセリフですね。
「お~ね~がぁ~~いぃ~~しぃ~~まぁぁぁ~~~す!」
⇒ I hearby humbly ask for your help!
「わ・か・り・ま・す・よ・ね?」
⇒ I’m-sure-you-know-what-I-mean.
森崎さん●両方とも、映像ではっきりと7文字で発せられるセリフです。半沢の「おねがいします」は、を普通に訳したら“please”の6文字ですが、大和田は「小学生でも知っている、大事な7文字を言え」と指で数えています。それなら、字幕も7つでやらなくてはいけない。文字数では無理かなと思い、7ワードでまとめました。思いついた言葉が完全にはまった時は、一人でウフフと笑っています。画面に映る俳優さんの仕草やテンポに合わせるのは字幕翻訳ならでは。やっぱり、映像翻訳は面白いです。
――なるほど! 白井大臣のセリフもちょうど7ワード。人差し指で7文字を示しています。英語字幕ではハイフンがポイントですね。最後に、日英映像翻訳を学ぶ人にメッセージをお願いします。
森崎さん●映像翻訳の答えは無限です。私は、「私ならこうするな」という軽い気持ちでこの世界に入りました。勉強して、映像翻訳のルールや背景が分かると「ああ、だからこういう字幕になっているんだ」と分かってきます。ルールの中で、どれだけ上手にストーリーを視聴者に伝えられるか。それはとても面白い挑戦だと思います。映像翻訳者は、PCに向かっている時間も普通に生活している時間も、常に考えています。映画やドラマ、英語が好きじゃないとやっていけないけれど、好きならこれほど楽しい仕事はありませんよ!
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