【レインボー・リール東京 ~東京国際レズビアン&ゲイ映画祭~が開幕】多様性を字幕にするということ
7月16日(金)、「第29回レインボー・リール東京 ~東京国際レズビアン&ゲイ映画祭~」が開幕した。この映画祭は、さまざまなセクシュアル・マイノリティに関する作品を上映し、多様で自由な社会の創出に貢献してきた。JVTAは毎年、字幕制作でサポートしており、今年の上映作品全14作品のうち、日本初公開の13作品の字幕をJVTAで学んだ翻訳者が手がけている。
セリフを訳すうえで「役割語」の使い方が最近、変わりつつある。以前はいわゆる男言葉、女言葉を多用していたが、現在はフラットな言葉にする傾向にある。この映画祭では特に言葉遣いや当事者が不快だと感じない表現を意識しなければならない。自らも一ファンとしてこの映画祭に足を運んだり、学生時代からジェンダーについて研究したりなど、強い想いを抱いて翻訳に臨んだ翻訳者2人にお話を聞いた。
今年の上映作品『恋人はアンバー』の字幕翻訳チームメンバーの木村美里さんは、学生時代に何度も同映画祭に足を運んでいた。この映画祭で笑って怒って泣いて、約2時間後に外へ出る頃には自分の中の「普通」が変わっていることに気づけるはずだと語る。木村さんがジェンダー関連の話題をより「自分ごと」として意識したのは、イギリスで過ごした大学院時代だったという。
※『恋人はアンバー』
「大学の至る所に設置されたジェンダーフリートイレ、『私のことは”She”じゃなくて”They”と呼んでね』と教えてくれた友人、そしてロンドンの街中にあふれる様々な形の愛。初めてばかりの経験の中で、今まで『普通』だと思っていた自分の性自認と性的指向は、実は『ヘテロ』と『シスジェンダー』という一分類でしかないことに気づきました。自分はなんて視野が狭かったのだろうとショックを受けたのを覚えています」(木村美里さん)
木村さんはその後、大学院で勉強する傍ら、トランスジェンダーの方々を支援するプロジェクトでメディアインターンとして働き始めた。当時のイギリスは性的マイノリティに対する積極的な政策が行われ、日本から見たらまさに「LGBTQ+先進国」。しかし一方では、メディア関係者の理解が乏しいせいで、映画やドラマでトランスジェンダーが偏見的に描かれたり、トランスジェンダーの俳優には特定の役しか与えられなかったりという状況も続いていた。
「このプロジェクトでは、メディア関係者がトランスジェンダーの方々とカジュアルに対話できる場を提供するという取り組みを行っていました。『トランスジェンダー』と一言で言っても、当たり前ですが誰一人として同じ人間はいないのだと理解してもらおうとしたのです。その結果として生まれた映像作品が、London Lesbian and Gay Film Festival(現在のBFI Flare: London LGBTIQ+ Film Festival)で上映されました。会場に足を運んで鑑賞してみると、トランスジェンダーの登場人物たちが生き生きと『1人の人間として』描かれていて嬉しくなりました。実際に映画祭に参加してみて印象的だったのは、多様なセクシュアリティを持つ人々が、大声で笑ったり、ツッコんだりしながら純粋に映画を楽しんでいるという何とも温かい会場の雰囲気。まさに”laugh AT them”ではなく”laugh WITH them”ですね」(木村美里さん)
そんな木村さんが今回は翻訳者として『恋人はアンバー』の字幕制作を手がけた。この作品はお互いに同性愛者だということを隠すためにカップルを演じる高校生のエディとアンバーの物語。翻訳チーム内で綿密に相談し、「男言葉」や「女言葉」にこだわりすぎず、登場人物の様子を生き生きと表現できる言葉遣いを心がけたという。
『恋人はアンバー』トレイラー
「個人的には、”beard”(自分自身の性的指向を隠すために付き合う相手)のような海外のLGBTQ+コミュニティで使われている用語を日本の方々にも分かりやすく訳すのが難しいと感じました。また、この作品の時代設定は1990年代。同性愛者を差別する表現も容赦なく出てきます。例えば”lezzer”、”dyke”(どちらもレズビアンへの差別用語)、”faggot”(ゲイへの差別用語)など。しかし、これらは追い詰められた主人公のエディとアンバーが、現状を変えるべく行動に移すためのきっかけを作る言葉でもあるので、メリハリを出すためにも心を鬼にしてひどいセリフに訳しました。チーム全員が胸を痛めていたはずです。翻訳チームがみな心から恋した作品なので、上記の表現を含め、最後の最後まで字幕にこだわり抜きました」(木村美里さん)
今年の上映作品『シカダ』と『ウィッグ』の字幕を手がけた前田風花さんも、この映画祭に以前から関心があったが、地方在住で参加は叶わなかった。しかし、地元で行われた上映会で過去の上映作品『カランコエの花』を鑑賞。自身のセクシュアリティに気づき始めた頃の、周りの視線が気になる気持ちや、特有の緊張感と寂しさを思い出したという。
※『カランコエの花』は「レインボー・リール・コンペティション 2017」でグランプリを受賞。
会場では英語字幕を手がけた修了生、磯貝さおりさんも記念撮影に参加(関連記事はこちら)
「このイベントでは映画の上映後にトークセッションも行われました。来場者からの質問や意見も飛び交い、会場を訪れた人のこの映画を通した体験と現実の体験が絡み合う濃い時間を過ごしました。ある来場者の『いろいろな考え方の人がいて、いろいろな問題が常に生まれてくる。絶対的な正解はない。だから目の前の人に対して常に真剣に、本音で向き合うことが大切』という言葉がとても印象に残っています」(前田風花さん)
※『シカダ』
前田さんは大学時代、性のあり方が言葉でどう表現されてきたかについて研究する中で、「言葉で何かを表現することには限界がある」と感じたと話す。様々な性のあり方を表現するために、レズビアンやゲイ以外にも、クィア、クエスチョニング、Xジェンダーなど、数多くの言葉がある。
「これほど多くの言葉が生まれるのは、性のあり方が連続的に広がっていて、明確な区切りや境界があるわけではないことを示していると思います。それと同時に『ぴったりの言葉で自分を表現したい』という思いも感じられます。私たちは言葉を使って世界を切り取ることでいろいろなことを理解しますが、言葉を使ったコミュニケーションの裏には、言葉で表現しきれないその人らしさが必ず隠れていると感じました」(前田風花さん)。
前田さんは今回、『シカダ』と『ウィッグ』の2作品の字幕翻訳を手がけた。『シカダ』では、男女と一夜限りの肉体関係を持ち続けているベンがサムと出会い、お互いのトラウマを克服していこうとする姿が描かれる。一方、『ウィッグ』は、キャリアウーマンのアルティカとセックスワーカーのトランス女性との交流の物語だ。どちらも前田さんにとって大切な作品になったという。
『シカダ』トレイラー
「私もセクシュアル・マイノリティの当事者ということになるので、作品に登場するマイノリティのキャラクターたちにとって、他の登場人物のセリフがどう聞こえているかをよく考えて翻訳しました。『シカダ』の中で私がチームで担当させていただいた部分では、主人公のベンのセリフは多くはありません。しかし、彼のまわりに現われる人たちのセリフや態度によって彼のキャラクターがにじみ出るようなシーンが多くありました。ベン自身にはどんな言葉に聞こえているのかを意識し、映画を観る方がベンや映画からのメッセージを受け取る手助けになる字幕を心がけました。『ウィッグ』では、強く生きようとするアルティカの言葉が、まったく立場の異なるセックスワーカーのトランス女性にはどう響くかということを意識して、言葉を選んでいきました」(前田風花さん)。
※『ウィッグ』
「レインボー・リール東京 ~東京国際レズビアン&ゲイ映画祭~」の上映作品には、さまざまなセクシュアリティの人たちが登場する。すべての人が不快に感じることなく、純粋に作品を楽しめる表現とは何か。翻訳者たちが真摯に向き合った字幕にもぜひ注目してほしい。
※『恋人はアンバー』『シカダ』など長編作品は会場でのみ上映
『ウィッグ』は「QUEER×APAC 2021 ~アジア・太平洋短編集~」の1作品。この特集はオンライン上映。
第29回レインボー・リール東京 ~東京国際レズビアン&ゲイ映画祭~
2021年7月16日(金)〜22日(木・祝) @シネマート新宿
2021年7月23日(金・祝)〜29日(木) @シネマート心斎橋
https://rainbowreeltokyo.com/2021web/
【関連記事】「レインボー・リール東京 ~東京国際レズビアン&ゲイ映画祭~」が築いてきたもの
https://www.jvta.net/tyo/2021rrt-tokyo/
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