【JVTAが字幕を制作】気候変動に植林で立ち向かう『グレート・グリーン・ウォール』が劇場公開
アフリカのサヘル地域では、気温が世界平均の1.5倍の速さで上昇している。気候変動により、干ばつや砂漠化だけでなく、食料不足が引き起こす紛争が深刻化し、故郷を追われる人たちが増えていく。「グレート・グリーン・ウォール」(緑の長城)とは、荒廃したアフリカの土地に植林し8000キロに及ぶ“グリーンウォール”を作るという壮大な緑化プロジェクトだ。2007年にアフリカの国々の主導により開始され、ブルキナファソ、チャド、ジブチ、エリトリア、エチオピア、マリ、モーリタニア、ニジェール、ナイジェリア、セネガル、スーダンの11 カ国で植林計画が進⾏している。
©GREAT GREEN WALL, LTD現在劇場公開中の映画『グレート・グリーン・ウォール』は、マリ出身のミュージシャンのインナ・モジャが、この活動を追ってアフリカ大陸を横断する様子を追ったドキュメンタリー。インナは、緑化に挑む人々や紛争に巻き込まれた難民と出会い、各地域のミュージシャンと交流しながら音楽の力でこの問題を多くの人に知らしめる活動を続けている。この作品の字幕をJVTAの修了生7名が手がけた。
◆字幕翻訳チーム
石川 萌さん
我満 綾乃さん
川又 康平さん
原田 絵里さん
星加 菜保子さん
茂貫 牧子さん
※希望者のみ掲載
同作は、2022年開催の難民映画祭で『グレート・グリーン・ウォール~アフリカの未来をつなぐ緑の長城~』のタイトルでオンライン先行上映され、注目を集めた。7人の翻訳チームはパートを分けて翻訳、相互チェックを繰り返し、約1カ月かけて字幕を仕上げた。その翻訳チームにこの作品の魅力と字幕づくりについて聞いた。JVTAは2008年の第3回から難民映画祭に字幕制作で協力し、多くの修了生が翻訳者ならではの支援を続けている。
※2022年難民映画祭の特別先行上映会には翻訳者も参加
◆作品を通してキーワードとなる言葉を大切に訳す
冒頭のパートの翻訳を担当したのは、我満綾乃さん。最初の字幕の訳出は印象に残るよう意識したという。
「作品が始まり最初に映し出されるのは、インナが影響を受けたブルキナファソの元大統領トーマス・サンカラの言葉です。これは作品を通して何度も出てくる大切なキーワードとなっています。冒頭ではサンカラの言葉が文字としてゆっくりと映されるので文字数に余裕がありましたが、作中そして後半で再度この言葉が出てくる時は冒頭のような尺の余裕がありませんでした。‟勇気を持って”という言葉を入れることで文字数を削っても冒頭部分のサンカラの言葉として印象が残り、作中と後半部分での字幕のすり合わせもうまくできたのではないかと思っています」(翻訳者 我満綾乃さん)
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◆歌詞の訳が字幕翻訳のキーポイント
インナはこの旅の中で多くのミュージシャンとセッションを重ねており、全編にわたって歌詞の訳が重要となる。文字数が限られた字幕作りの中で歌詞は難しい要素の一つだ。翻訳チーム内でも試行錯誤しながら翻訳作業に取り組んだ。
「本作は気候変動によってもたらされる様々な問題を追っていくドキュメンタリー作品であると同時に、ミュージシャンであるインナ・モジャのミュージカル・ジャーニーでもあり、音楽が大切な要素となっています。作中で歌われる曲には強いメッセージが込められており、歌詞に関してはチーム内で特に多くの意見を出し合って翻訳しました。チーム翻訳も初めての経験で、相互チェックで自分の翻訳への指摘で気づくことが多く、チームの方の翻訳をチェックすることで、『なるほど、こういう視点から訳しているのだな』『この視点での訳し方も良さそう』と言葉を多角的にとらえる視点をより具体的に理解できたと感じています。」(翻訳者 我満綾乃さん)。
©GREAT GREEN WALL, LTD「この作品においては、やはり、劇中歌の歌詞の内容を詩的に訳すことが難しかったと思います。担当のパートにも、歌詞について語るシーンがあったので、単純ながらも、矛盾しないようにどのように表現すればいいのか悩みました。また、UNHCRの用語リストをもとに翻訳を進めるなかで、専門的な言葉を使うべきか、字幕として瞬時に理解できる平易で自然な日本語を使うべきなのかを考えすぎてしまうこともあり、皆さんから助言をいただきました。」(翻訳者 茂貫牧子さん)
「この映画は、環境破壊がもたらす影響について警鐘を鳴らすだけではなく、未来への希望も同時に描き出しています。アフリカ各地でインナが紡ぐ音楽もまた、観る人に強い印象を残すのではないでしょうか。今回のチーム翻訳では、歌詞にもこだわりぬきました。メッセージ性の強い曲が多いので、言葉の一つひとつに対して、納得がいくまでアイデアを出し合いました。メンバー全員のこだわりが凝縮された、インナのミュージカル・ジャーニーを、ぜひ多くの方に見届けていただきたいです。」(翻訳者 星加菜保子さん)
©GREAT GREEN WALL, LTD「最後のパートを担当したので、他のパートにも何度か出てくる重要な言葉や、歌詞が多くありました。特にエンディングで流れる『インシャ・アッラー』という曲は最後の4ハコを除いた大部分が星加さんのパートでも歌われており、まずは被る部分のベース訳を作っていただきました。お互いのパートで尺が異なっており、それぞれの使える文字数の中で、伝えるべきメッセージは統一できるよう相談して訳を詰めていきました。他に『ライズ』の歌詞を訳したのですが、音楽が大切な要素の作品なので、“このシーンでこの曲が流れるのはなぜか”ということをまず考えました。音楽を聴きながら歌詞の意味にも集中してもらいたいと思ったので、曲のリズムを感じながら読みやすい字幕になるよう心がけました。」(翻訳者 石川 萌さん)
©GREAT GREEN WALL, LTD「この作品はインナ・モジャさんと仲間の歌唱シーンが多く、私の担当箇所にも歌詞がいくつもありました。字幕を考える際、一般的にはハコに収めるために字数を気にしながら単語を取捨選択する機会が多いと思います。しかし、私が担当した歌詞は言葉数に比べて歌の尺が長かったせいか、字数に多少余裕があるように感じました。ですから歌詞によく登場するような詩的な言い回しや日常会話では使わないような単語を入れた訳作りに挑戦しました。正解がはっきりしない分、難しかったですが、考える時間は楽しかったです。クリエイティブな翻訳が好きな私にとって、貴重な体験となりました。」(翻訳者 川又康平さん)
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◆この作品に向き合い、翻訳者自身も難民問題に対する意識が変わった
インナは旅の途中で出会う人々の壮絶な体験を聞き、絶句し涙を流す。気候変動による貧しさから国外に逃れるものの、難民としてさらに過酷な生活を強いられる人々…。しかし、同時に長きにわたって植樹を続けてきた成果も目にするなど、この作品には私たちがまだ知らない現状がリアルに映し出されている。翻訳者はまず自らが作品を理解するために多くのリサーチを重ねる。そして、正しい情報をより分かりやすく伝えるために、慎重に言葉を選んでいく。こうした作業の中で翻訳者自身も難民問題に対する意識が変わったという。
「気候変動によってもたらされるアフリカの干ばつや資源不足、難民や紛争などの問題を取り上げるドキュメンタリー作品と聞くと重たい印象を持たれるかもしれません。実際、作中で言及される問題は深刻なものではあるのですが、決して重々しい作品ではなくより良い未来、社会をつくっていくための力強さにあふれた作品です。作中の曲はどれも印象に残るものばかりで、翻訳をしながらつい口ずさんでしまいたくなるようなリズミカルな曲もあり音楽を楽しむことができる作品でもあると感じています。
作中に‟音楽はあらゆるメッセージを伝えることができる”という言葉があるのですが『グレート・グリーン・ウォール』はまさにそれを体現した作品だと思います。私自身、本作を通して知らなかった多くの問題を知るきっかけとなりました。ぜひ皆さんも本作を見て、音楽を通してグレート・グリーン・ウォールの活動を知っていただけたらなと思います。」(翻訳者 我満綾乃さん)
©GREAT GREEN WALL, LTD「テレビのCMなどで流れる寄付を募る映像を見ていると、どうしても『かわいそうな子供たち』という印象がぬぐえず、困難を前に途方に暮れるしかない(のようにしか見えてなかった)人々に対して、同情や憐憫の感情からしか寄付をできていませんでした。しかし、過去の難民映画祭のシリアのサッカー選手を題材にした作品からは『欲しいのは同情ではなく機会だ』、今回の作品からは『私たちは状況を変えるために、活動していることを知ってもらいたい』というメッセージに接する機会をいただき、困難に負けずに進もうとしている人々の存在を改めて知り、そのための支援と応援が必要だということを実感しました。字幕翻訳者としての経験のみならず、一個人としても知らなかったことを深く知る機会を与えていただき、感謝しています。」(翻訳者 茂貫牧子さん)
©GREAT GREEN WALL, LTD「昨年行われた難民映画祭の先行上映会交流会では、上映会の司会進行をされた国連難民サポーターの武村貴世子さんとお話しすることができました。『映画を通して、気候変動や紛争、難民、すべて繋がっている問題だということが分かった』と仰っていたのですが、私も今回の作品を訳しながら同じことを感じていました。作品のメッセージが見る人にも伝わったのだなと実感できたのと同時に、この作品を通じて、より多くの人に『気候変動は自分たちにも繋がっている問題だ』と気づいてもらいたいと思いました。」(翻訳者 石川 萌さん)
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「昨年の先行上映会では、UNHCRの関係者の方から『素敵な字幕をつけてくださって、本当にありがとうございます。』というお言葉をいただき、胸がいっぱいになりました。作品の持つエネルギーやパワーを伝えることに少しでも貢献できたのなら、映像翻訳者としてこんなにも幸せなことはありません。」(翻訳者 星加菜保子さん)
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「難民問題もグレート・グリーン・ウォールの活動も、広く知ってもらうことに意味があるということで、この映画を日本でも大勢の人に見てもらうための手伝いが少しでもできたことを光栄に思います。」(翻訳者 原田絵里さん)
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製作総指揮は、アカデミー賞ノミネート『シティ・オブ・ゴッド』のフェルナンド・メイレレス監督。サンパウロ国際映画祭やレインダンス映画祭で高い評価を受けたほか、2023年3月には文部科学省特別選定作品となっている。この作品を通して、まずはこの壮大な緑化計画への理解を深めてほしい。
『グレート・グリーン・ウォール』
2023年4月22日(土)シアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー
監督・脚本:ジャレッド・P・スコット
製作総指揮:フェルナンド・メイレレス、サラ・マクドナルド、アレクサンダー・アセン、セア・ゲスト、シアン・ケヴィル、ファブリツィオ・ザーゴ、カミラ・ノルトハイム・ラーセン、クロード・グルニツキー
共同製作総指揮:インナ・モジャ、マルコ・コンティ・シキッツ、ジュリア・ブラガ
出演:インナ・モジャ、ディディエ・アワディ、ソンゴイ・ブルース、ワジェ、ベティ・G 他
提供:セビルインターナショナル 制作:メイクウェーブス
協力:砂漠化対処条約(UNCCD)
配給:ユナイテッドピープル
原題:The Great Green Wall
2019年/イギリス/92分/ドキュメンタリー ©GREAT GREEN WALL, LTD
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