時代に求められる映像翻訳者を育成するために~カリキュラム改編に込めた思い~
2023年10月期より、日本映像翻訳アカデミー(JVTA)の映像翻訳本科のカリキュラムに新たな授業が導入される。今回のカリキュラム改編には、どんな思いが込められているのか?映像翻訳本科の講師であり、カリキュラム構築にも関わっているJVTAの石井清猛講師に話を聞いた。
石井清猛(JVTA 映像翻訳ディレクター)
Media Translation and Accessibility Lab(翻訳室)リーダー。日本映像翻訳アカデミーで映像翻訳を学び、プロの映像翻訳者として活躍。その後、同校にて日英・他言語翻訳プロジェクトのチーフディレクターとして、エンタメ、PR、観光など多様な分野の翻訳や映像制作を手掛ける。映像翻訳者の育成にも従事し、同校本科で講師を務める他、企業や国内外の学校教育機関で映像翻訳、海外PR、グローバル教育の講義を多数実施している。
今回のカリキュラム改編のポイントを教えてください。
石井講師)今回のポイントは大きく2つあります。まずは「吹き替え翻訳のスキルの強化」です。JVTAでは当初から吹き替え翻訳の授業がカリキュラムに含まれていましたが、更なる吹き替え翻訳のスキルの強化を図ります。その大きな理由は、近年の OTTサービス(配信プラットフォーム)の広がりに伴って吹き替えコンテンツの需要が急増したことです。今や映画やドラマだけでなく、ドキュメンタリーやリアリティ番組も、ナレーション部分のボイスオーバーに加えて会話部分もすべて日本語に吹き替えられたバージョンで配信されていて、新たな視聴者の獲得に貢献しています。海外の映像を日本語音声でストレスなく楽しめる吹き替えの人気はこれからも高まっていくばかりでしょう。
2つ目のポイントは、「AI翻訳に関する知識習得、理解の向上」です。これまでも翻訳の現場で、翻訳メモリや校正ソフト、ウェブ辞書、コーパスなどの翻訳支援ツールは広く活用されてきましたが、AI(ニューラル機械翻訳、大規模言語モデル)の登場により活用範囲が飛躍的に拡大しました。映像翻訳も例外ではなく、AIの導入により作業の効率化が前提とされる場面が増えるであろうことは想像に難くありません。機械翻訳で生成された訳文を校正しブラッシュアップするPE(ポストエディット)の仕事もますます注目を集めるでしょう。そうした時流から、「AIの時代に映像翻訳者としてどう対応するか」というテーマをカリキュラムに取り入れました。
今回のカリキュラム改編によって、受講生の学びはどのように変わりますか。
石井講師)まず吹き替え翻訳のスキル強化については、端的にスキルの幅が広がることによって、対応できる仕事が増えます。字幕と吹き替えという両方の仕事をハイレベルでこなせる翻訳者は現状ではそれほど多くはいないため、フリーランスの職業人としては大きなアドバンテージを得ることができるでしょう。また、翻訳スキルを総合的に高めるという観点からも、吹き替えを学ぶことは大きな意味を持ちます。字数制限や字面の読みやすさを考える字幕翻訳と、耳で聞いて分かりやすく、細かなキャラ設定も含めて台本作りをする吹き替え翻訳の両方に取り組むことで、原文への理解をさらに深め、訳文の表現力の向上を図ることができるのです。
AI翻訳に関しては、一見すると「AIが翻訳するなら、翻訳者はいらないのでは?」と思われるかもしれません。しかし映像翻訳のクオリティは、いかに作品や場面のコンテクストを正確に捉え、ニュアンスを繊細に表現できるかにかかっています。その点で、映像翻訳の仕事において機械翻訳が人間に取って替わるのは難しいというのが、専門家の間でも定説となっています。AIの時代にあっても、映像翻訳者に求められる基本的なスキルはこれまでと変わりません。その上で、高度に発達した機械翻訳を、仕事のどの部分に活用できるのか、一方で人間が何を担うべきなのかを常に考える必要があるのです。AIの時代にふさわしい仕事の戦略を立てられる翻訳者になってもらえるよう、新しいカリキュラムを通して受講生の皆さんのサポートをしていきます。
かつての映像翻訳者は、ストップウォッチを使い1枚ずつ字幕の長さを測って訳を作っていた。しかし手軽に映像に字幕をつけられる字幕制作ソフトが誕生し、今やその字幕制作ソフトの活用が映像翻訳者にとって当たり前になっている。また日本の映像コンテンツが世界に進出するようになり、英日の映像翻訳だけでなく日英の映像翻訳の需要も高まった。
吹き替え翻訳への需要の高まりやAI翻訳の発達も、そんな時代の変化のひとつだろう。時代が変われば、翻訳者に求められるものも変わってくる。JVTAはこれからも、時代のニーズに対応できる力を養うための実践的なカリキュラムを構築し、プロとして活躍できる映像翻訳者の育成を行っていく。
★カリキュラム改編に関する詳細はこちらをご覧ください。
【2023年10月期以降の映像翻訳コース】カリキュラム改編のお知らせ
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