映像作品の「音」が持つ役割を探る バリアフリー字幕における音の表現方法
「映像作品の音」と聞くと、どんな音を思い浮かべるだろうか? 作中に流れる音楽、効果音、役者が発するセリフ…映像にはさまざまな音が存在している。では、その音を「聞こえない、聞こえづらい人」へ、効果的に伝えるためにはどうしたらいいのか?
「バリアフリー字幕」とは、音が聞こえない状況でも映像作品を楽しめるようにするための字幕である。映像翻訳の字幕制作では、外国語のセリフを翻訳した日本語を簡潔で分かりやすい字幕にする。対して、バリアフリー字幕は日本語のセリフをそのまま字幕にするだけでなく、映像作品の「音」も情報として伝える。JVTAが開催した特別セミナー「はじめて学ぶ『バリアフリー字幕の世界』<音編>~講師と考える音の表現方法~」では、バリアフリー講座の講師が登壇。「映像の音」に注目し、バリアフリー字幕制作における音の捉え方、表現の仕方を紹介した。
◆知っトクポイント◆ 映像にはどんな音が存在するのか
セミナーではJVTAの「バリアフリー講座」で授業を担当している渡辺三奈講師が、クラシック映画の名作を題材に「音の役割」について解説した。
バリアフリー字幕の制作では字幕にする音を「音情報」、役割のある音を選択することを「音を拾う」と表現する。渡辺講師は、「今回紹介するのは、音がある役割を持っているシーンです」と切り出した。
セミナーで紹介されたそのシーンの中には、音を消して映像だけ見ると不自然に感じる部分がある。自分の部屋にいる登場人物の男性が、何かに気づいてハッと顔を上げる動きをするのだ。実は、そのシーンでは部屋の外で鳴るサイレンの音が入っている。
このシーンについて、渡辺講師は次のように説明した。
「バリアフリー字幕では、音が聞こえなくても男性が顔を上げた理由が分かるよう、文字でその音情報を入れます。そのため、ここには「(サイレンの音)」という音情報を文字で入れることが必要です。ただ、実はサイレンの音は男性が顔を上げる前から鳴っています。段々と音が大きくなって、男性はようやくその音に気づくのです。この音情報の字幕は音が鳴り始めたところではなく、男性が音に気づく瞬間に入れます。」
音が鳴り始めた時点で「(サイレンの音)」という情報を入れてしまうと、視聴者が字幕に注目してしまってシーンの細かいところに目が行かなくなる、と渡辺講師は言う。どうしても人間は字幕を見てしまうので、音情報を表示するタイミングを間違えると、そのシーンで視聴者に注目してもらいたいところから注意を逸らしてしまいかねない。そのため今回の例で言えば、男性が音に気づいたタイミングで字幕を入れるのが一番効果的になる。
セミナーではこうしたなんらかの「役割のある音」の他、「拾う(字幕にする)べき音と拾わなくてもいい音」「同じ音だが役割が異なる音」が、具体的なシーンと共に紹介された。渡辺講師は「音が流れているからといってすべてを字幕として入れればいいわけではなく、その音の役割を見極め、映像を理解するためにふさわしい場所で拾うことがバリアフリー字幕では大切」と語った。
セミナーの後半では日本映画のワンシーンを使い、実際にセミナー参加者が音を拾う体験をした。「海の近くで3人の学生が映画の撮影をしている」というシーンにおいて、どんな音が存在しているか? 渡辺講師が呼びかけると、チャット欄には参加者からさまざまな音情報が届いた。波の音、カモメの声、カバンを閉じるジッパーの音、手を叩く音…普段ならなんとなく聞き流してしまうような、かすかな音にまで注目する。渡辺講師はそれらの音について、シーンの中で持つ役割やどの音を字幕として拾うべきかを丁寧に解説した。
バリアフリー字幕に初めて触れた参加者も多かったのか、「通常の字幕とは違った視点で作品の解釈が必要な字幕作業であることを知ることができた」「視覚で(そのシーンの)場所が海だと分かっているから波や風の音は字幕に入れない、ということには、『なるほど!』と思った」など、映像翻訳とは異なる視点での字幕制作作業に大いに興味を持ったようだ。参加者にとって、映像作品の新たな見方を学ぶことにもつながるセミナーとなった。
バリアフリー字幕は、テレビ放送や動画配信でも気軽に観ることができる。ぜひ、日本の作品でも字幕をオンにして見てほしい。制作側の意図をより深く感じられるはずだ。
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