映画『あこがれの色彩』の海外映画祭出品用字幕をJVTAが担当
映画『あこがれの色彩』が5月より順次日本全国で公開される。本作は資生堂のCMを長年にわたって手がけ、<女性美の魔術師>とも呼ばれた小島淳二監督による長編作品だ。監督自身の地元である焼き物の街・佐賀県西部を舞台に、14歳の少女・結衣の葛藤を描く。手の込んだものより合理的でシンプルな焼き物に需要が移る陶芸の街のいまを通して、“美しさとは何か”を問いかける作品である。
本作は日本での公開に先駆け、ポートランド国際映画祭、AVIFF カンヌ・アート・フィルム・フェスティバル、ミドルベリー・ニュー・フィルムメーカーズ映画祭で上映されている。これらの上映における英語字幕を、JVTA修了生の麻野祥子さんと幡野珮蘭さんが担当した。
作品の重要なモチーフになっているのは、日本の「陶芸」である。英語字幕制作にあたっては、海外の観客にこのモチーフを正確に伝えるため、さまざまな点に気を配って翻訳作業が進められた。麻野さんは「佐賀県の窯元について、有田焼が作られる過程についてなどを調べて題材への理解を深めた」と、念入りな調べものを実施。また幡野さんは「陶芸の弟子という文化的な要素は、異なる文化圏では異なる象徴や意味を持つ場合がある」と考え、適切な言葉や表現を選ぶよう注意を払った。
この陶芸というモチーフは、小島監督が国際映画祭へ出品を決めた動機にも関係する。小島監督は国際映画祭へ本作を出品した理由として、「日本の伝統工芸である有田焼の作家の苦境を物語のベースにしていたので、海外の人にどう受け止められるのかと思って出品を決めた」と説明。小島監督は映画祭のため、アメリカのポートランドとフランスのマルセイユに足を運んだそうだが、特にマルセイユでの観客の反応が印象的だったという。
「マルセイユの観客は有田焼の認知も高く、手の込んだ工芸品よりもシンプルな量産品ばかりが好まれていることに対して共感している声がありました。ファストファッションへの危惧も語られていました」(小島監督)
フランスでは「ファストファッション罰則法」が可決されるなど、大量生産・大量消費に対して敏感な動きを見せている。有田焼をモチーフに「職人の手による凝った絵柄より、無地でシンプルな無個性のものが売れる」という現代の傾向に疑問を投げかける本作の表現が、字幕と共にフランスの観客に届いたのだろう。
字幕の表現に関しては、14歳の結衣が主人公ということでティーンエイジャーらしい言葉遣いに難しさがあったと麻野さんは話す。中学生らしく「やば」「ダサ」など、字数制限が厳しい短いセリフも多かったそうで、麻野さんは中学生らしさを英語字幕でも表現できるように意識。また結衣が通う絵画教室の先生のセリフについては、英語で書かれた絵画教室のブログやサイトを調べ、絵の先生らしい用語を調べて翻訳に生かしたそうだ。
一方、幡野さんはシーンによって「原文を大胆に意訳した」という。例えば、結衣が裏切られたと感じるシーンでのセリフは、次のように意訳をした。
「死ねばいいのに」 → Go to hell.
「みんな死ねばいい」 → I wish they’d all die.
幡野さんは翻訳にあたり、「作品全編を視聴者として鑑賞してから、翻訳に入ること」を非常に大切にしているという。字幕翻訳ではセリフの文面の意味だけでなく、その文脈や場面での機能や意図を理解することが重要だからだ。登場人物が何を伝えようとしているのか、その場面や物語の流れを考慮することで、直訳では伝わらない字幕表現に書き換えることができる。幡野さんは「小島監督が大胆な翻訳案を受け入れてくださり、より作品の良さが世界に伝わる英語字幕が実現できたと思う」と語った。
日本映画の海外での躍進が目覚ましい近年だが、海外進出のための最初のステップとして英語字幕は重要な役割を担っている。幡野さんはそんな英語字幕制作について、「翻訳の過程で作品の解釈が左右される可能性もあるため、字幕翻訳は非常にやりがいのある仕事」だという。麻野さんも「監督のメッセージを世界に広めるために力になれていると実感できる」と、その役割に誇らしさを感じているようだ。
最後に、小島監督に本作の見どころとJVTAの翻訳学習者に向けたメッセージをいただいた。
「本作の主人公・結衣(中島セナ)は、日本の伝 統工芸である有田焼の街に生まれ 、折り合いがつかない家族のことや器用に立ち回る大人の振る舞いに葛藤しながら、言葉にできない思いを絵に描き続けます。大人の社会の業や矛盾に、もがき苦しむ14歳の純粋さが何を語っているのか、映画を見て感じていただければと思います。
曖昧な表現の多い日本語を的確に英語に置き換える翻訳者は、映画制作者にとってなくてはならない存在です。沢山の邦画が海外に出て行けるように応援よろしくお願いします」
『あこがれの色彩』は5月10日より全国で順次公開となる。
公式サイトは▶こちら
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