【映画『波紋』のバリアフリー字幕をJVTAが制作】作品の本質を伝える音の伝え方とは?
荻上直子監督の最新作、映画『波紋』のバリアフリー字幕をJVTAが制作した。放射能や介護、新興宗教など、現代社会の闇や不安の中で翻弄される主人公、依子を演じるのは、深田晃司監督の『淵に立つ』や『よこがお』などで国内外から高い評価を受けている筒井真理子さん。荻上監督はこれまで『かもめ食堂』や『めがね』、『彼らが本気で編むときは』などの話題作を制作し、ベルリン国際映画祭での受賞経験を持つ。注目の女性2人がタッグを組んだ意欲作のバリアフリー字幕制作について、JVTAのバリアフリー事業部、石原彩ディレクターに話を聞いた。
この作品は、120分と長尺だが、セリフの数は比較的少ない。しかし、バリアフリー字幕では、音のない状態で観ることを想定し、セリフ以外に音の情報も文字で伝える必要がある。これが外国語の映画に付ける日本語の翻訳字幕と異なる点だ。とはいえ、すべての音を文字化するのではなく、物語の理解に必要な、役割のある音を選び、最適な表現で字幕にしていく。例えばこの作品では、テレビを見ているシーンの字幕には、(音量があがる)(テレビの音消える)などの補足情報が入っている。また、石原ディレクターによると、失踪から十数年の時を経て突然帰ってきた夫、修が依子と向き合って食事をする場面の字幕については、字幕ライターと話し合ったという。
「通常、目で見て分かる音に関しては音の情報は入れないのが基本です。スーパーの店頭でのピッとバーコードを読む音などは入れていません。しかし、修が食べる際の(味噌汁をすする音)(咀嚼音)という情報はあえて字幕にしました。修は、とにかく食べ方に品がなく、生活音も大きい(マーガリンをつけた食パンをジャムの瓶にひたす、いびき、など)のが特徴です。このシーンは、主人公・依子の静かな信仰の生活が崩れていく最初の場面なので、異物にあたる彼の存在を印象づけたほうがいいな、ということで字幕にしました」(石原ディレクター)
また、バリアフリー字幕では口調や声のトーンを伝えるのも難しいポイントだ。依子の息子、拓哉が障害のある珠美と共に帰省するシーンでも、制作サイドの意向を受けて表現を変更したと石原ディレクターは話す。
「珠美さんは聴覚障害者ですが、健聴者とほぼ変わらない発音で話します。補聴器の装用も目立たず、手話が出てくるまで、視聴者の中には耳が聞こえないと気づかない人もいるかも…ということで、始めは(独特な発声)とぼかした字幕にしていました。その後、クライアントの、『最初から聴覚障害者と示す』という意向を受けて、(ろう者の発声で)に変更しました。なぜ『ろう者』かというと、珠美さんの聴覚障害者としてのアイデンティティーは『難聴者』ではなく『ろう者』だからです。こうした詳細もクライアントに確認を取り、細かく整えていきました。」(石原ディレクター)
この作品には、新興宗教の集会の場面がいくつもある。全員で声を合わせて歌いながら独特な振り付けをしたり、それぞれのタイミングでざわざわと発話したりする様子も(一同)(口々に)などの補足情報を入れることで、より現場の雰囲気を伝える工夫をしている。
「異空間と現実の間で依子が何度も『信じましょうよ』と言うシーンも悩みどころでした。分かりやすい表現にしたい一方で、異様な感じも出したい。「信じま、信じま…信じましょうよ」と、パッと見てイメージが伝わる字面にしました」(石原ディレクター)
上映中の映画館でも、字幕メガネを借りればバリアフリー字幕付きで観ることが可能なので、皆さんもぜひ字幕付きで観てはいかがだろう。聴者にとっても宗教的な難しい言葉の会話は、字幕でより理解が深まり、映像翻訳を学ぶ人にとっても本当に伝わる字幕とは何かを改めて考えるきっかけになるはずだ。
『波紋』 5月26日から劇場公開
監督・脚本 荻上直子
プロデューサー 杉田浩光 渡辺誠 企画・プロデューサー 米満一正
制作プロダクション テレビマンユニオン
配給 ショウゲート
©2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ
https://hamon-movie.com/
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