【スタッフコラム】Fizzy!!!!! JUICE #53 冬の音楽●桜井徹二(学校教育部門)
いつからか、冬が嫌いだ。12月頃になって分厚いコートを着なければならない時期になると、どうにも気分が沈む。
でもどんなものにも良い面があるように、冬にもいくつかの良い面はある。例えば音楽だ。世の中には冬にこそ聴きたくなる音楽というものが存在する。
僕にとっては「アラブ音楽」もそんな音楽の1つだ。アラブやイスラム世界には砂漠のイメージがあることから、一般的には「暑さ」と結びつく音楽ということになるかもしれない。だけど僕の中ではアラブ音楽は「冬」と結びついている。理由はシンプルで、ずっと昔に中東を旅した時の季節が冬だったからだ。
当時、エジプトから陸路でイランのほうまで移動したのだけれど、その期間はずっと冬だった。中東でも寒いと雪が降る。エジプトでもシリアでもイランでも雪が降っていた。特にシリアにいた時は寒さのピークで、雪がかなり積もっていた。貧乏旅行だったので防寒具もきわめて心もとなく、ずっと寒さに震えながら過ごしていた。
それでもシリアにはいい思い出しかない。優しい人々、歴史ある市場と古城跡、そして美しいモスク。当時は治安もよく、街中は平穏だった(少なくとも僕が訪れた地域において、表面上は)。そして寒空の下でも至るところから音楽が聞こえてきていた。アラブやイスラムという言葉から思い浮かぶあの独特の旋律に、時に民謡のような印象的な歌声を加えながらめくるめくようなリズムにのせて延々と続く、あの音楽だ。
僕は冬が嫌いなので、毎年、1日でも早く春が来るようにとそれこそ祈るようにしながら冬を過ごしている。どことなく呪術的・儀式的な響きのあるアラブ音楽はそんな心情にもよくマッチする。ぐねぐねと続くリズムと旋律によって祈りや願いごとが螺旋を描きながら上昇し、やがては明るい空に到達する、というような…。
とにかくそんなことから、僕の中ではアラブ音楽と冬がしっかりと結びついている。
シリアではその後、長い内戦が起きた。字幕の無償提供という形でJVTAも長く関わっている難民映画祭でも、毎年のようにシリア難民をテーマにした映画が取り上げられてきた。翻訳で間接的に接するという形ではあっても、現地の惨状はよく伝わってきた。だが、その内戦も昨年12月に一応の結末を迎えた。でもこの先、シリアという国がどうなっていくかはまだ誰にもわからない。本当の平和が訪れるのはもう少し先かもしれない。おそらくシリアの人たちも喜びに沸きながら、一方では長い冬を終えて季節が移ろったという確かな感触が訪れるのを待ちわびているはずだ。
そんなことを考えながら、今年の冬もまたアラブ音楽に耳を傾けている。東京にもダマスカスにも、1日でも早く春が訪れることを願いながら。
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Written by 桜井徹二
さくらい・てつじ●日本映像翻訳アカデミースタッフ・講師。映像翻訳ディレクターなどの業務を経て、現在は学校教育部門に所属。英日映像翻訳科の講師も務めるほか、大学や高校での翻訳指導やカリキュラム作成を行う。翻訳者として映画、ドキュメンタリー、リアリティ番組などの翻訳を手がけたほか、映像翻訳ディレクターとしてFOXインターナショナル・チャンネルズ、MTV Japanなどの番組の翻訳ディレクションを担当。明星大学非常勤講師。
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