★2019GW特別企画 先輩翻訳者から学ぶスキルアップ法 【字幕編】岩辺いずみさん
★2019GW特別企画 先輩翻訳者から学ぶスキルアップ法 【字幕編】岩辺いずみさん
現在公開中 映画『12か月の未来図』の字幕を担当
修了生 岩辺いずみさん
英日・仏日の翻訳者として、『たちあがる女』(公開中)『ハイ・ライフ』(公開中)『ハートストーン』『オレの獲物はビンラディン』『世界にひとつの金メダル』『セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター』『イーダ』など多くの劇場公開作品の字幕を手がける。
※Webマガジン『Milly』で映画コラムを連載中! https://millymilly.jp/column/53434
映画『12か月の未来図』は、フランスが誇る名門アンリ4世高校のベテラン教師が、新たな赴任先のパリ郊外の教育困難校で、子どもたちと向き合っていく物語。主役フランソワを演じるドゥニ・ポダリデスは、主に舞台で活躍するベテラン俳優で演出家としても知られています。
JVTA まず、この作品の魅力を教えてください。
岩辺いずみさん(以下岩辺さん)パリの名門高校で教える国語(フランス語)教師が、ひょんなことから校外の中学校に1年間派遣される話です。エリート育ちの教師フランソワが、移民だらけの学校という未知の世界と出会い、それまでの価値観が覆されて変わっていく様子を描きます。
※『12か月の未来図』より
このフランソワ、冒頭のラテン語を教える場面では、いかにも偉そうで嫌みな頭でっかちな先生という感じ。勉強ができない生徒の気持ちを理解できません。郊外の中学校へ派遣されてからも、最初は同じ調子で授業を進めようとします。ところが、この中学の生徒は名門校の生徒のように、黙って従いはしません。授業が分かりにくければ、あからさまに眠そうにするし、聞こうともしないのです。初めての経験に戸惑うフランソワが何とも哀れです。
JVTA 学校が舞台だと授業のシーンで専門的な話題が出てくるなど、調べものが大変そうですね。
岩辺さん まず、フランスの学校制度が日本と違います。日本の小学校6年生にあたる学年から高校3年まで6年、5年、4年…と数字が下がり、高校3年生が最終学年になります。(高校2年生が「1年生」)。そのため、セリフの「~年生」という部分も学年の上下が分かるよう、日本の学年に当てはめて訳しました。
※『12か月の未来図』より
JVTA 岩辺さんは英日翻訳だけでなく、仏日翻訳も手がけています。今回は英語字幕なしでフランス語から訳したのでしょうか?
岩辺さん はい、英語字幕も資料としていただきましたが、フランス語からダイレクトに翻訳しました。多言語の作品を英語字幕から訳すこともありますが、この場合は英語にした段階で意訳になっている場合もあるので、やはり原音を理解できる作品のほうが訳しやすいですね。ただ、この作品では、主人公が国語(フランス語)教師ということで、授業中のフランス語特有の言い回しに苦労しました。
JVTA 何か具体的な例があれば教えてください。
例えば作中のセリフで “sur la tête de ma mère”という慣用句が出てきます。「誓って言う」の意味ですが、直訳すると「母の頭の上に」となります。
※『12か月の未来図』より
この言葉を生徒が授業中に言った時に、フランソワが「母の頭」に絡めてフランス語の文法の説明をするのですが、字幕は「母の名に懸けて」としました。元のニュアンスにある母と、「誓って言う」という意味を融合することで違和感なく日本人にも理解できるようにするためです。さらに、これが生徒が何気なく使う言い回しだと観客に伝わるよう、その前の場面で出てきた時にも訳出しておきました。短い字数で出すのは厳しかったのですが、前の場面で出しておくことで、生徒とフランソワのやり取りが生きたのではないかと思います。英語以外に得意な言語がある方は文化も意識して知識を深めておくといいですね。
JVTA 慣用句などは文化が含まれるので字幕で表現するのは難しいですね。
岩辺さん はい。その国の人には馴染みがあっても日本人には全くピンとこない表現もあります。そういう場合はなるべく、原文のニュアンスを生かしながら、日本語とうまく折り合う表現を考えます。過去にアイスランド語の作品を英語から訳した時は、特に苦労しました。意味が分かりにくい時は、アイスランド語のスクリプトをGoogle翻訳で英語に訳して確認しました。でも『たちあがる女』の時には強力な助っ人が! 高校時代にカナダ留学で一緒だったアイスランド人の友人とフェイスブックで繋がり、彼に言葉のニュアンスを聞くことができたんです。映像翻訳者にとって本当に何が役に立つか分からないので、こうした繋がりも大事にしたいですね。
※『12か月の未来図』より
JVTA 自然なセリフづくりのために普段から意識してやっていることはありますか?
岩辺さん なるべく映画は映画館で観るようにしてスクリーンでの字幕の見え方に気をつけたり、テレビでもいろいろなジャンルの映画を観るようにしています。語彙力を増やすために本もいろいろと読みたいのですが、1冊を読むのに時間がかかるので、つい好きなものになってしまいます。その分、私は漫画で補うようにしています。というか、漫画は子どもの頃から大好きなので、女性向けに限らず少年漫画から青年漫画まで、いろいろなタイプを読んでいます。漫画のセリフはテンポがよくて読みやすく、字幕に近いところがあるので、翻訳のセリフづくりにはかなり役立っていると思います。字面で見た時に感じる印象も参考になります。
※『12か月の未来図』より
JVTA 今回の作品でも子どもたちと教師の会話がキーになりそうですね。
岩辺さん 監督は舞台となる中学に2年間通い、実際にそこの子どもたちから生徒役を選んだそうです。そのかいあって、生徒たちが生き生きとしていて、すごく楽しそう! ちょっとドキュメンタリーっぽい雰囲気なのは、地道な取材の成果だと実感しました。そんなリアルな雰囲気が伝わり、子どもたちの個性が分かるよう、それぞれの言葉遣いやトーンには気を配りました。実は生徒の名前も長いものが多く、字幕を作る上では字数制限に納めるのが大変でした。
※『12か月の未来図』より
JVTA フランソワと子どもたちの関係の変化がみどころですね。
岩辺さん フランソワも、アフリカ系やイスラム系の難しい名前を必死に覚え、なんとか威厳を保とうと頑張ります。ハリウッド映画に出てきそうな型破りな教師や熱血教師とは違い、フランソワはとにかく不器用。周りの若手教師にもいまいち溶け込めず、子どもの頃もマジメ君でからかわれたんだろうなと思わせるところが、ちょっとかわいい。よかれと思ってやったことが空回りしたり、落ち込みながらも粘り強く試行錯誤したりします。そんな姿がとてもリアルで、教えた経験のある人には特に響く作品だと思います。ぜひ多くの人に観てほしいですね。
※『12か月の未来図』より
JVTA ありがとうございました。
『12か月の未来図』
原題Les Grands Esprits / 英題:The Teacher
監督・脚本 オリヴィエ・アヤシュ=ヴィダル
2017年/フランス映画/107分/シネマスコープ/カラー/配給:アルバトロス・フィルム
岩波ホールほかで全国順次公開中
© ATELIER DE PRODUCTION – SOMBRERO FILMS -FRANCE 3 CINEMA – 2017
http://12months-miraizu.com/
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