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【ヘルヴェティカ・スイス映画祭に字幕で協力】映画を通してスイスの多様性を知る

<strong>【ヘルヴェティカ・スイス映画祭に字幕で協力】映画を通してスイスの多様性を知る</strong>

日本とスイスの国交樹立160周年を迎えた今年、11月9日(土)に神戸の元町映画館で『ヘルヴェティカ・スイス映画祭』が開幕する。上映される6作品のうちの3作品の日本語字幕をJVTAが担当し、7人の翻訳者が手がけた。スイスの公用語はドイツ語・フランス語・イタリア語・ロマンシュ語の4言語。さまざまな文化が融合した多様性がスイス映画の魅力の一つだ。こうした多言語の作品に日本語字幕を作る際、基本は英語字幕からの訳出となるが、今回はドイツ語の知識もある翻訳者が字幕制作やチェックに携わった。作品のみどころや多言語ならではの難しさや工夫について翻訳者に聞いた。

『白い町で』アラン・タネール 監督 1983年

製作国:スイス・ポルトガル

ドイツ語 ・フランス語 ・ポルトガル語 ・ 英語

日本語字幕 小田貴子さん

◆主人公の手紙に秘められた心情が奥深い作品

大型船の整備士をしているポールは、リスボンの港で船を降り、仕事には戻らず町に滞在しようと決めます。スイスに残してきた妻とは手紙を通じて交流を続けますが、その内容から感じ取れるポールの心の変化や葛藤が見どころです。また、現地で出会った若い女性ローズとの行く末も気になるところです。約40年前の作品なので、舞台となっているリスボンの街並みや建物、画面に映る様々な物のレトロな雰囲気も楽しめると思います。(小田さん)

◆ヨーロッパ映画の魅力と訳出へのこだわり

劇場未公開の映画作品の字幕翻訳をする中で、ヨーロッパ映画を手がける機会もありました。画面に映し出される美しい街並みや歴史的な建造物、そして人々の暮らしの様子などを目にすることで、その場所を旅しているような気分になれるのがヨーロッパ映画の魅力です。また、説明するのは難しいのですが、映像から醸し出される空気感や独特の間の使い方も魅かれるポイントですし、たまに出合えるブラックユーモアがすぎる作品も大好きです。当作品においては、監督の独特な感性というのでしょうか、訳出すると日本語として考えた時に少し違和感のあるセリフもありましたが、分かりやすさだけを追求して意訳するのではなく、できるだけ原文を大切にしながら詩のような表現や言葉選びを心掛けました。私が魅かれるポイントでもある“空気感”をできるだけ損なわないよう努めました。(小田さん)

◆ドイツ語の学習歴で原文のニュアンスを大切にできた

多言語から英語字幕に訳す時は、どこまで原作者の思いを正しく伝えられているのだろうかと、いつも悩んでしまいます。今回の作品については、比較的原文と英訳が近かったので、できるだけ原文を活かすようにしました。1文のセリフでも原文の文法に合わせる形で大きな間が空いていたり、英訳が2つに分かれていたりと、ハコ切りをする上でも工夫が必要でしたので、その点ではドイツ語の学習歴が役に立ったと感じています。(小田さん)

『旅路』ファニー・ブロイニング監督 2018年

製作国:スイス

スイスドイツ語

日本語字幕:丹黑香奈子さん、脇本綾音さん、山本早季子さん

◆家族に「ありがとう」と伝えたくなる作品

『旅路』は、妻アネッテの介護にすべてを献げる写真家ニッギが、キャンピングカーを改造し、家族旅行に出かける様子を記録したドキュメンタリー映画です。娘であるファニー・ブロイニング監督から投げかけられる質問に答える形で、夫婦がそれぞれの人生を振り返り、互いへの思いを語っています。3人の言葉は、とても温かく愛情に満ちています。その温もりを日本語でも感じていただけるよう、ユーモアや口調を大切にして翻訳しました。遠い国に住む特別な誰かの話ではありません。日常を愛おしく思い、家族に「ありがとう」と伝えたくなる作品です。(丹黑さん)

◆スイスドイツ語の聞き取りを訳出に反映

基本的には英語字幕を参考にして日本語に翻訳するという作業でしたが、英語だけではニュアンスをくみ取り切れないシーンがありました。ドイツ語のスクリプトはなかったので、原音を聞き取る必要があったのですが、かつてのデュッセルドルフでホームステイをした際に耳にしたネイティブスピーカーの会話を思い出しました。スイスドイツ語は、発音が聞き取りにくいところもありましたが、ヘッドホンの音量を上げて何度も再生し、必死で確認しました。

英語のスクリプトには反映されていないセリフもありました。夫のニッギが“Das ist schön.”=「美しい」とつぶやくシーンがありましたが、声が小さいからか英語字幕では訳出されていませんでした。しかし、そのあとのナレーションで、ニッギは最も美しい光を見極める写真家であるという内容が述べられていたので、日本語字幕には追加しています。

また、チーム内で解釈が分かれるシーンもありました。英語だと“This is great.”と書かれており、眺めている物を指しているのか、思い出について語っているのか判断が難しかったのですが、最終的に、ドイツ語の“Toll.”という原音を聞き取って、言い方なども含めてニュアンスを判断しました。日本語に直訳すると、どちらも「すばらしい」ですが、微妙な違いが出るのが言語の面白さだと感じました。

別の作品ではチェッカーとして携わりましたが、原音を参考にして話者の設定を見直すことができました。英語では“Thank you.”となっているセリフでしたが、ドイツ語の原音では“Vielen dank.”と丁寧な言い方になっており、登場人物の上下関係を考えるヒントになりました。(丹黑さん)

『マイ・スイス・アーミー』ルカ・ポパディッチ監督 2024年

制作国:スイス・セルビア

スイスドイツ語・セルビア語・フランス語・タミール語

日本語字幕:浜崎弥生さん、姉﨑里菜さん、中村香恵さん

◆移民を取り巻く問題や多民族国家が抱える問題について知る

私も含め、おそらく多くの日本人はスイスに対して牧歌的なイメージを持っていると思います。また、「永世中立国」という言葉は知っていても、その内情を知る人はあまりいないのではないでしょうか。この作品に登場する4人は皆、移民2世のスイス軍の将校です。自分たちに向けられる周りの目を極めて冷静に理解し、時にやりきれない想いを感じながらも前を向いて生きている彼らを見ていると、移民を取り巻く問題や多民族国家が抱える問題について考えさせられます。とはいえ、ユーモアを交えて描かれているため、構えて見る必要はありません。彼らが家族や仲間と過ごすシーンを見ていると、彼らと私たちとは何も変わらない人間なのだと感じます。(浜崎さん)

◆軍の用語のリサーチも重要なポイント

軍の話なので、「大尉は将校か?将校と士官とはどう違うのか?」と、初稿を納品した後でディレクターも交えて小一時間、階級に関する話し合いが続きました。どの作品にも言えることですが、尺に対して喋っている内容が多かったり少なかったりする部分や同じ内容を繰り返し喋っている部分は、情報の取捨選択や日本語の整え方が特に大変でした。また、英語字幕入りのスポッティング済みのファイルをいただいたものの、原音の尺に合わせてハコの長さの調整を細かく行う必要があり、日本の字幕は世界一と言われる所以が分かった気がしました。(浜崎さん)

◆複数の多言語のニュアンスをリサーチして翻訳

この作品の登場人物は移民であり、バッググラウンドはさまざまで、オリジナルにはいくつもの言語(スイスドイツ語・セルビア語・フランス語・タミール語)が混在しています。英語のスクリプトがありましたが、原語で話している言葉の量と英語の量がかなり違っている部分や、今までの話の流れを考えると英語字幕に違和感がある箇所もありました。こういう場合は、映像と内容が合っていない部分があると原語やその国の文化を調べることになるので、英語→日本語の翻訳よりも言語のリサーチに関する作業量が増えて大変でした。過去に原語が中国語の作品を翻訳したことがありますが、中国語の場合は中国語が分からなくても漢字の雰囲気でなんとなく意味が分かる(中国語の原語と英語スクリプトを見比べて違和感を覚える)こともあります。今回はいずれも馴染みのない言語で英語のスクリプトだけが頼りだったため、いつも以上に絶えず映像や全体の流れを意識していました。(浜崎さん)


英語字幕は、世界の共通語として、世界各国の作品が視聴者の言語に合わせて翻訳される際の大切なツールだ。とはいえ、翻訳の段階でやはり情報の取捨選択があり、少しニュアンスが変わることもある。翻訳作業を通して改めてスイスの多様性とその文化と言語を訳す難しさを知ることになった。まだ日本ではあまり馴染みのないスイス映画の魅力をぜひご覧ください。

◆ヘルヴェティカ・スイス映画祭

11月9日(土)~11月15日(金)

神戸 元町映画館

公式サイト:https://www.h-sff.com/

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