世界で大人気の絵本「ひかりではっけん」シリーズの日本語版の翻訳を、修了生の小松原宏子さんが担当
新感覚の知識絵本「ひかりではっけん」シリーズ(くもん出版刊)の日本語版が発売、その翻訳を修了生の小松原宏子さんが手がけました。「ひかりではっけん」シリーズは、世界15カ国以上で発売され、300万部を超える大人気の絵本。絵の後ろから光をあててみると、さまざまなものが浮かび上がる仕掛けになっています。
日本版は、『みえた! からだのなか』と『みえた! ジャングルのおく』の2冊が3月に同時発売。小松原さんは両方の翻訳を担当しました。小松原さんは、翻訳のほか、児童書の作家としても活躍され、『ぼくの朝』で第13回小川未明賞優秀賞を受賞。児童書の編訳や翻訳なども数多く手がけてきました。そんな小松原さんですが、絵本の翻訳は今作が初めてだそう。絵本ならではの苦労や工夫などを伺いました。
JTTA 意外だったのですが、絵本の翻訳は初めてとのこと。まずはこの作品に携わった経緯を教えてください。
小松原宏子さん(以下 小松原さん) きっかけはアメリカの友人から聞いたFacebook上の絵本展示即売会でした。そこでこの作品を見つけ、お母さんが実際に光をあてながら読み聞かせをしている動画を見たんです。これは面白いなあと思って、早速友人に取り寄せてもらいました。実際に見るとますます興味が沸き、「ぜひ翻訳して日本で出版したい」とくもん出版さんに企画を持ち込みました。それが採用されたんです。
JVTA スタッフも皆、絵本に光をあてて興味深そうに見ています! 世界で人気のシリーズですが、待望の日本版発売から約1カ月、評判がいいそうですね。
小松原さん はい。翻訳絵本の国内市場が以前に比べて縮小するなか、おかげ様で好評と聞いています。オリジナルはイギリスで、どのシリーズも文章はキャロン・ブラウンさんが書いていますが、彼女の作品自体が日本で初の発売となります。1作目は「りんごの木」をテーマに、その周りにある植物や風景を描いた作品でした。これが評判となり、これまで車や建築物、病院、宇宙ステーションなどさまざまなジャンルの10冊以上のシリーズが出ています。テキストがクイズ形式になっているので、子どもたちが光をあてながら自分で答えを探せるのも楽しいですね。
JVTA 子ども向けということで、表記はひらがなばかり。翻訳時は大変だったのではないでしょうか?
小松原 そうなんです。対象は3歳から5歳くらいなので、ほとんど漢字が使えません。お母さんや子どもたちは「ひらがな」だけの文にも見慣れていると思うのですが、大人が見ると読みづらいですよね。漢字を使うことで、いかに読みやすくなっているのかを実感しました。文字の上に傍点をふったり、スペースを細かく入れたり、カギカッコでくくったりと、読みやすくするためにいろいろ工夫がされています。
また、英語ではシンプルなのに、日本語にすることで逆に分かりにくくなることもあり、それも悩みどころでした。
JVTA 例えばどんなことでしょう?
小松原さん 原文がbloodの場合、日本語では「血」「血液」という違う言い方があるでしょう? 子どもには「けつえき」はわかりにくいけれど、「ちは」とひらがなにすると読みにくい。そこで原文にはないのですが、「けつえきというのは『ち』のことだよ」という補足を入れて「けつえき」を使いました。子ども向けの翻訳では、こういったところで苦労することが多いのです。「くうき」と「酸素」、「あたま」と「脳」、「おなか」と「胃」、「がいこつ」と「骨格」など、子どもたちにとってどの表現なら伝わるのか、そのための言葉選びが必要でしたね。
JVTA 文章そのものはシンプルでも、細かいところまで気を配って作られているんですね。今回の2冊は、人間の体と動植物の生態がテーマ。調べものも大変そうですね。
小松原さん JVTAで映像翻訳を学んだ時に叩き込まれた「調べもののスキル」が今回は本当に役立ちました。子ども用とはいえ、内容はどちらもかなり専門的です。監修の先生に何度も相談しましたし、くもん出版の編集担当Sさんにも大変助けられました。時には「翻訳者さんにはもっと調べてほしい」と指摘を頂くこともあり、身が引き締まりました。これまで翻訳者としてかなり調べて訳してきたはずなのに、今回は初めての絵本翻訳で、言葉遣いに重点を置きすぎてしまったんですね。短い納期のなかで仕上げられたのは、Sさんの丁寧な確認作業のおかげだと思っています。
JVTA 具体的な例があったら教えてください。
小松原さん 例えば、木の枝の上で生息する植物についての解説がありました。原文はplantでしたが、ピンク色の大輪の花のような絵なので、はじめは「はな」と訳していたんです。ところが監修の植物学者・河原孝行さんから「これは葉っぱの一種で花ではありません」という指摘がありました。この植物は種が風によって運ばれ、木の上や電線の上に葉をつけるという変わったものなのですが、中央が筒状になっていてそのなかに雨水が溜まるため、そこにカエルが木を登ってオタマジャクシを運んでくるのだそう。Sさんがネットで調べて、実際にカエルがオタマジャクシを背負って木を登っていく画像を見つけてくれたりもしました。この絵本の該当ページでは、光を当てると植物のなかにカエルとオタマジャクシがいるのが見える、という仕掛けになっています。絵本ですから絵に合わせたテキスト作りが必須なのですが、時にはこうして絵に惑わされてしまうこともあるんですね。これまで、小学生・中学生向けの児童書の翻訳をした際は主に、先にテキストを翻訳をし、それに合わせて絵を書いていただく形だったので、これも絵本翻訳ならではのエピソードだと思います。テキストや絵をもとにしながら、専門家が見ても違和感がないよう、皆で細かく検証しながら訳文を作っていきました。皆さんのお力なしでは実現しなかった企画なんです。
JVTA 以前、「あしながおじさん」の編訳の際も原題の『Daddy-Long-Legs』の訳について、クモの学会の方に取材をしたとお話しされていましたね。
小松原さん はい。実は今回もそのときと同じ、日本蜘蛛学会の中田兼介先生にお世話になりました。クモの絵をPDFで送って「これは『シボグモ』で合っていますか? サンショウウオを食べる習性はありますか?」と伺ったんです。翻訳者は常にあらゆる作品に向き合うので、どんな人脈に助けられるか分からないとつくづく思いましたね。
『あしながおじさん』の編訳のインタビューはこちら
https://www.jvta.net/?p=8759
他にも、「オウギワシ」が巣に飛んできてヒナドリに餌を与える絵で迷ったのが、原文のparentsという単語です。編集のSさんが調べてみると、オウギワシはお父さんだけが餌を取って運んでくるとのこと。そこで日本語では誤訳と受け取られないよう、「おやどり」という表現にしました。とにかく、こうした一つひとつの確認が大変でした。
JVTA テキストは少なくても、その裏には膨大な裏取りがあったんですね。納期はどのくらいでしたか?
小松原さん 2017年9月の頭に企画がスタートし、11月末には2冊分を納品しました。原書はイギリスで印刷は中国で行っており、はじめからこのスケジュールが決まっていて、かなりタイトでしたね。
JVTA 短い納期で自分を助けるのはやはり、調べもののスキル。受講生の皆さんにもぜひ、今のうちに調べものの腕を磨いておいてほしいですね。最後に読者と受講生・修了生の皆さんにメッセージをお願いします。
小松原さん 実は今回監修でお世話になった植物学者の河原孝行さんは、私が子どものころから通っていたムーシカ文庫という地域文庫時代の友人です。彼は小学校1年生の時に、バージニア・リー・バートンのロングセラー『せいめいのれきし―地球上にせいめいがうまれたときからいままでのおはなし』を読んだことがきっかけで、生物に興味を持ったそうです。バートンは『ちいさいおうち』の作者でもあるので、きっと皆さんも読んだことがあると思います。絵本はこんな風に、子どもたちに大きな感動を与えるもの。「ひかりではっけん」シリーズをきっかけに、さまざまなことへの関心を持ってもらえたらうれしいです。
翻訳を担当してみて、光で照らすというアイデアだけでなく、専門的な知識が得られる素晴らしい解説があるからこそ、世界中で愛されているのだと改めて感じました。皆さんもぜひ、お手にとって光をあてながらお楽しみください。大人も楽しめるワクワクする世界が広がっています!!
JVTA 今後の反響が楽しみですね。ありがとうございました。
ひかりではっけん みえた! からだのなか
作:キャロン・ブラウン
絵:レイチェル・サンダース
訳:小松原宏子
発行:くもん出版
http://kumonshuppan.com/ehon/ehon-syousai/?code=29506
ひかりではっけん みえた! ジャングルのおく
作:キャロン・ブラウン
絵:アリッサ・ナスナー
訳:小松原宏子
発行:くもん出版
http://kumonshuppan.com/ehon/ehon-syousai/?code=29507
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