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【バリアフリー講座修了生・彩木香里さん】舞台の音声ガイドを作るということ

【バリアフリー講座修了生・彩木香里さん】舞台の音声ガイドを作るということ

皆さんは、音声ガイド付きで映画やドラマを観たことがありますか?
音声ガイドとは、見えにくい人も映像を楽しめるように、映像の情景描写や場面転換、人物の動きや表情などを言葉で補足するツールです。JVTAのバリアフリー講座・音声ガイドクラスではこの原稿を書くスキルを学びます。プロのナレーター、声優として活躍するほか、現在は自ら音声ガイドの原稿を書いて読む活動をしている彩木香里さんは同クラスの修了生。前回は、彩木さんがプロのナレーターとして音声ガイドに出合い、自らもJVTAで書くスキルを身につけたエピソードを紹介しました(https://www.jvta.net/tyo/kahori-saiki/)。今回は、舞台の音声ガイドという新たなチャレンジを始めた彩木さんに、映画やドラマのガイドとは違う難しさとは何かを伺います。
彩木香里さん

 
彩木さんは、宮沢賢治の作品を上演する劇団、「ものがたりグループ☆ポランの会」を主宰しています。JVTAの音声ガイド講座を修了後、この劇団の2014年の公演『銀河鉄道の夜』を音声ガイド付きで上演しました。この時は、開演前に視覚障害者の方を対象に、舞台に上がってセットや衣装に触れるガイドツアーも開催し、大好評。(当日のレポートはこちら)
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※「ものがたりグループ☆ポランの会」2014年の公演『銀河鉄道の夜』より 

 

「舞台に音声ガイドを付けるにあたり、中野区の視覚障害者福祉協会に相談した時に『舞台の装置や衣装に触ってみたい』というご意見を頂き、それを実現しました。また公演前には舞台説明会として舞台のセットの様子や演目の内容、俳優の衣装や容姿などについても説明しました。(手がけたのはJVTA修了生の原ミユキさん)。それにより登場人物の姿をイメージしやすくなります。この後、小さな劇場で行った公演の際にも、役者たちに自分の衣装や演目の説明を作ってもらって私が再確認し、自分の1人語りの前に解説してもらいました。表現者として伝え方を学ぶという意味でも、とても勉強になりました」(彩木さん)。
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※「ものがたりグループ☆ポランの会」2014年の公演『銀河鉄道の夜』舞台説明会の様子

 
彩木さんはその後も規模の小さな会場での朗読劇などで、事前解説や舞台説明会を取り入れていきます。こうした実績から2018年の10月に東京芸術劇場で上演された『書を捨てよ町へ出よう』の音声ガイド制作を依頼されました。声をかけたのは、バリアフリー映画鑑賞推進団体のシティ・ライツの代表、平塚千穂子さん。舞台の音声ガイド作りは、舞台をよく知る人にしかできないと、彩木さんに白羽の矢が立ったそうです。
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※『書を捨てよ町へ出よう』イラストレーション:宇野亞喜良  AD:名久井直子
提供・東京芸術劇場

 
彩木さんは自らの舞台に音声ガイドを付けた際、平塚さんからガイドを聴くためのレシーバー(小型ラジオ)を借りていたご縁で交流がありました。東京芸術劇場でも音声ガイドは同期したレシーバー(小型ラジオ)を通じて一部の人が聞く形式です。
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※レシーバー イメージ

 
「この作品は、寺山修司没後35年記念という人気作でプレッシャーもありました。一方で演出は若手で注目を集めている藤田貴大氏が手がけています。寺山修司さんの名作を若い感性が作ったらどうなるのか。その融合を期待した作品だと思いました。まずは過去の初演の映像、また同作の映画などを観ましたが、若い感性が今回はどう伝えたいのかを常に意識していました。藤田氏のこれまでの資料などを調べることにも時間を費やしました」(彩木さん)。

 
映画やドラマと違い、舞台の場合はギリギリまで全体像を把握することができません。この公演の場合、10月4日に劇場入りした時に、セットの確認はできたものの通しのリハーサルはなし。10月7日の公演初日の前日となる6日のゲネプロで初めて通しで全体を見て、許可を頂いて彩木さん自身がそれを撮影し、映像を見ながらガイド作りがスタート。音声ガイド付き公演の本番は10月18日です。
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※会場となったシアターイースト 提供・東京芸術劇場

 
「音声ガイドのゲネプロは本番前日の17日だったので実質納期まで10日間はありました。でも実はうちの劇団の公演が10月10日にあったため、4日に映像撮影してから本番までの2週間は、ほぼ毎日、仮眠状態で制作に取り組みました。まず17日のゲネプロでガイドを付けて劇場の方と検討会。ここで大幅な直しがあり、17日の夜中に自宅で原稿を修正し、寝る間もなく翌日18日の本番を迎えました。実はJVTAで受講中も一週間のうちに20時間も睡眠時間がないほど、課題に追われてこともあり慣れていました(笑)」(彩木さん)

 
舞台は生ものなので、毎回少しずつ流れが変わっていきます。本番は原稿用に観たゲネとはまたセリフや間が変わっていたといいます。
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※音声ガイド 原稿イメージ

 
「舞台上で、セリフや間が変わるのはよくあること。音声ガイドも原稿通りには読めず、生ガイドに近い形で臨機応変に読むことになりますが、それが生の魅力でもあります。ガイドを作る際はこれを想定してギチギチに詰めこまないように意識していました。こういう予測には、自分も舞台に立っている感覚が役に立ちました」(彩木さん)

 
音声ガイドで必須なのは場面転換です。映像ではシーンが変わるごとに、時や場所を解説します。ところが、この作品の舞台装置は、舞台上に工事現場の足場のようなイントレがあり、役者がセリフを言いながらそれを組み立てていき、どんどん形が変わっていくという抽象的なもの。これもガイド作りの難しさのポイントでした。
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※『書を捨てよ町へ出よう』より 撮影:井上佐由紀 提供・東京芸術劇場

 
「冒頭の事前解説でまず、『現在舞台上は金属製のパイプや板がたくさん平置きされている状態ですが、開演後すぐに組み立てられていきます。劇中、ガタガタと音がする時は、イントレが形を変えている様子を想像してみてください』という補足をしました。セットに関しては、制作(劇場)の方から、『最終的にどういう形になったかを尺があればガイドして欲しい』とのリクエストがありましたが、芝居の中でイントレが組み替えられていくため、入れる『間』がなかなか難しい。そこで、役者の描写のガイドを1本、セットのガイドを1本、合計2本のガイドを書いてそれを最終的に1本にするという作業をしました。また、映像と舞台の大きな違いの一つは照明です。特にこの作品は冒頭で眼球の解剖があり、『ヒカリ』がキーワードになっていると思ったので、照明の色や光の形、動きなどもガイドに盛り込みました。」(彩木さん)。

 
ユニークなのは、劇中で突然ファッションショーが始まること。衣装を手がけたブランド、ミナ ペルホネンのコスチュームに身を包み、役者の皆さんがヘアメイクもキメて鮮やかにウォーキングをします。

 
「3分尺くらいのシーンですが、『このシーンは独立した華やかなショーとしてガイドを作りたい』と劇場の福祉サービスご担当の方に提案したところ、『ぜひお願いします!』と快諾していただき、オープニングから明るく楽しいトーンでつくりあげました。ガイドを作る前に楽屋で衣装に触らせていただき、素材やテキスタイルの資料も頂いて、質感、細かい形などもガイドに入れたほか、客席からはよく見えない靴などもきちんと描写しました。『このファッションショーのガイドは、一部の人だけでなく、すべての観客の皆さんに聞いてほしかった』と言っていただけたのがとても嬉しかったですね」(彩木さん)。
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※東京芸術劇場 外観 提供・東京芸術劇場

 
映画やドラマなど映像と違い、舞台の場合は常に生でガイドをつける必要があり、なかなか普及するのが難しくもあります。東京芸術劇場では、演劇公演の舞台説明会を2012年から開始。毎年 数回の主催・共催公演で実施しています。一回につき10名(付添を除く)を上限としており、参加希望者が徐々に増えているなか、すべてに対応しきれないのが現状だといいます。今年8月の『お気に召すまま』は、告知後から4日で定員に達し受付を終了。また、昨年2018年から、舞台説明会を行う公演の一部に、音声ガイドもつけるようになり、3公演で計4回実施しました。

 
「舞台説明会は、視覚障害のあるお客様を対象に、開演前に劇場に入っていただいて行うもので、舞台からの距離や劇場の大きさなど空間のイメージを声で把握できるよう、肉声でお聞きいただきます。客席に座って、舞台上からの説明を聞いていただくほか、可能な場合は、参加者も舞台に上がって歩いたり、セットに触れたりしていただくこともあります。こうした舞台説明会に加えて、ライブのガイドを聞けることで多くのお客様にお喜びいただくことができ、私どもスタッフも大きな手ごたえを感じています。音声ガイドをつけてみたいと考える劇団・演劇人さんが増えていくこと、他方で、彩木さんのような優れたガイド制作者さんが増えていくことの両方を願いつつ、それぞれについて公共劇場としてできることは何かを、日々考えております」(東京芸術劇場 事業企画課事業調整係 佐藤宏美さん)

 
今年10月に同劇場で上演されるNODA・MAP公演『Q:A Night At The Kabuki』(出演は松たか子さん、上川隆也さん、広瀬すずさん、志尊淳さんほか)の舞台説明会を彩木さんが担当する予定となっています。この作品は、今世界で大人気のクイーンのアルバム『Night At The Opera』にインスパイアされたもの。詳細は東京芸術劇場HPをご覧ください。
http://www.geigeki.jp/performance/theater218/

 
今後、音声ガイドがもっと普及するためには、多くの人にこのツールの面白さを知ってもらうことが鍵となります。前述の平塚さんが代表を務めるシティ・ライツが設立した日本初のユニバーサルシアター「シネマ・チュプキ・タバタ」では、アニメ作品に著名な声優が読むオリジナルの音声ガイドを付ける企画上映が人気を集めています。
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※シネマ・チュプキ・タバタ内観

 
「こうした企画をきっかけに、声優さんのファンが音声ガイドを知ってくれるのはとてもいい機会だと思います。音声ガイドは決して見えにくい人だけに便利なツールではありません。私はドンとテレビの前に座ってじっくり見る時間が取れないのですが、料理など別の作業をしながら音声ガイドを聞いたりします。画面をずっと見ていなくても音声で物語についていけるのです。忙しくてテレビをじっくり見られない人が多い今の時代にもマッチしているツールではないでしょうか。ぜひ皆さんにも日常の中で気軽に使ってほしいと思います。音声ガイドを聞いてはじめて知る情報もあり、私たちは意外と映像の奥深くまでは見えていないのだと気づきます」(彩木さん)。
音声ガイドって何?
※テレビで音声ガイドを聞く場合は、「解説放送」という表示が冒頭に出る作品が対象。リモコンで音声を「副音声」に切り替えるとガイド付きで見られます。

 
音声ガイドは誰もが楽しめるツールであり、映像翻訳を学ぶ人には、映像を正しく読み解く作品解釈や日本語表現の学習にも役立ちます。多くの人がその魅力を知って積極的に利用することが普及に繋がるはずです。皆さんもぜひ、積極的に活用してみてください! 映画やドラマだけでなく、今後は舞台にももっと沢山の音声ガイドがつくよう、JVTAでも音声ガイドの魅力を伝えていきます。

 
◆RooTS Series『書を捨てよ町へ出よう』寺山修司没後35年記念 
https://www.geigeki.jp/performance/theater180/

 
◆NODA・MAP第23回公演
『Q:A Night At The Kabuki』 inspired by A Night At The Opera 
http://www.geigeki.jp/performance/theater218/

 
【関連記事】【バリアフリー講座修了生・彩木香里さん】 音声ガイドを書いて読むということ
【関連記事】【東京芸術劇場に取材】 舞台公演やコンサートの鑑賞サポートとは

 

◆音声ガイドについてもっと知りたい!という方は無料説明会へ!
https://www.jvta.net/tyo/6806/
◆彩木さんが受講した講座はこちら
MASC×JVTA バリアフリー視聴用 音声ガイド&字幕ライター養成講座
http://www.jvtacademy.com/chair/lesson3.php
◆音声ガイド制作のご依頼はこちら
http://www.jvtacademy.com/translation-service/