JVTA修了生の三浦直子さんが電子書籍を発売 映像翻訳に向き合うママの日常とは?
JVTA修了生の三浦直子さんが、電子書籍「ママがフリーランスの『映像翻訳者』で稼げるようになるまでのお話」を執筆しました。三浦さんは、2008年4月期の英日実践コースを修了、トライアルに合格後OJTを経て、2009年に映像翻訳者としてプロデビュー。現在はドラマや映画を中心に字幕や吹き替えを手がけています。この本は、三浦さんが仕事を始めた直後にスタートしたブログ「男子母&映像翻訳者のうろうろ日記」をまとめたもの。翻訳者デビュー直後に出産し、子育てと仕事が一気に始まった三浦さんが、戸惑いながら経験を重ねていく姿がリアルに語られています。三浦さんが映像翻訳者になるまでの道のりとデビュー後の仕事などについて聞きました。
JVTA 三浦さんが映像翻訳を学び始めたきっかけを教えてください。
三浦直子さん
三浦直子さん(以下 三浦さん)JVTAに通い始めたのは30代半ばでした。元々映画やドラマが好きでしたが、それ以上にフリーランスという、どこでもできる仕事をしたかったんです。学校を卒業してからずっと会社員をしていたのですが、何の仕事でフリーランスになるのかは具体的に決めていませんでした。
JVTA 入学前も仕事で英語を使っていたのですか?
三浦さん 旅行が好きだったので、大学卒業後は旅行会社に勤めました。でも国内事業部でクーポン券の生産などが担当で、英語は使っていなかったんですね。ここで留学資金を貯めてその後、イギリスのロンドンに1年ほど留学。私は学生時代にデュラン・デュランのファンだったのでイギリスに憧れていたんです。アメリカのテンションよりイギリスのほうが落ち着いているかなと。帰国後は留学関連の会社に転職し、イギリス担当としてイギリスの学校の視察などに行きました。ダイアナ妃が亡くなった97年にもイギリスにいたのですが、テレビでずっとそのニュースが流れていて驚いたのを覚えています。この頃が一番英語で話していたかもしれません。
※ロンドン(イメージ)
その後転職した翻訳会社では、実務翻訳や産業翻訳のチェックなどに携わりました。この時、アルバイトに来ていた人がJVTAの修了生だったんですね。彼女から話を聞くうちに「映像翻訳って面白そうだな」と思い、これが映像翻訳を始めるきっかけになりました。
JVTA 実際に映像翻訳を学び始めてみて、いかがでしたか?
三浦さん 昼は翻訳会社で仕事をしながらJVTAに通い、夜に課題をやっていました。もともと映画やドラマが好きでしたし、授業の内容は実務翻訳とは全く違って本当に楽しかったですね。その前に文芸翻訳の勉強もしたのですが、私にはものすごくつらかった。そもそも海外の文学より日本の作家ばかりを読んでいたので…。ドラマは80年代や90年代の日本のトレンディドラマも好きでしたが、映画は洋画派でした。始めた年齢も決して早くはなく後がないし、「絶対プロになる。これしかない」という思いで通っていました。
JVTA 修了後は、はじめから順調ではなかったそうですね。
三浦さん はい、毎回トライアルを受けたのですが、全然受からなくて一生受からないのではと思い落ち込んだこともあります。こんな私が書いた本だからこそ、皆さんにぜひ読んでほしいと思うのです。私自身、よく目にする翻訳者のインタビューは経歴が凄すぎて「これじゃ私はダメだわ」と思っていました。だからこそ等身大でもっと普通の経歴の人の話が聞きたかった。一般的に子育てをしながら、どうやって翻訳者がフリーランスとして働いているのかということを知る機会がなかった。ですから、自分がこういう体験談を読みたいと思っていたんですね。
JVTA 確かに受講生・修了生の皆さんは女性が多いので、子育てをされながら翻訳をしている人も多い。先輩たちがどのようにプロとして経験を積んでいくのかを知りたいと思います。
三浦さん 最初にブログを書き始めたのは、2010年の4月でした。トライアルに合格してOJTを終え、翻訳者としてデビューした頃です。少し仕事を受け始めたころに息子が生まれました。子育てと翻訳者という未知の世界が同時に始まり、本当に大変でした。
JVTA 時間のやりくりがうまくいかず、息子さんを連れて実家に駆け込み、なんとか納期に間に合った。でもお母さんに風邪をうつしてしまい反省…。などとてもリアルな内容ですよね。
三浦さん そうですね。デビュー後はしばらくずっとJVTAにお仕事を頂いていましたが、最初の6年くらいはドキュメンタリーでした。化学ものとか車関連とか専門的な内容が多くて本当に苦労の連続でしたね。「ドラマをやりたいのに!」と思っていたので、実は当時、結構腐っていたんです。ブログにもそんな思いをぶつけていました。やはりリアルタイムだから当時の想いが残せたと思っています。今の状態で当時を振りかえって書くのは無理ですね。書籍化にあたり、当時の文章からほとんど変えていません。私自身も中だるみした時に読み返すとあの時の熱い気持ちが蘇って、今の自分にとっても教訓になっています。
JVTA この本を拝見して、当時の想いをその時に残しておくことは貴重だと思いました。三浦さんのイライラや葛藤も伝わってきました。
三浦さん 当時は本当につらい時もありましたが、あのドキュメンタリーの経験が今、とても役に立っていると感じています。ドラマや映画を訳す時でも作中にSFや化学、歴史の話などが出てくることがありますから。あの時代があったからこそ、必ず裏を取る習慣が身につき、どこでどんな情報を調べるのかということも分かりました。車のエンジン構造などは全く分からなくて専門書を購入したことも。過去に必死で取り組んだ翻訳での調べものは、断片的にでも蓄積されています。もし、あれを全部覚えていたら今の私はすごい人になっているはずなんですが(笑)。ドキュメンタリーは言葉遣いや作りがきちんとしているのも勉強になりました。そこで基礎が身につきました。
※イメージ
JVTA 今頑張っている後輩の皆さんの励みになりますね。仕事が軌道にのる中で一番大変だったことは何ですか?
三浦さん 保育園をどうするかですね。フリーランスで入れるのかなども調べたのですが、始めは認可に入れず、無認可に預けていました。子どもがいるとじっくり仕事をする時間を取るのが大変です。赤ちゃんの時は余裕がなかったものの、今思えば寝ていてくれる時間が長くて時間は確保しやすかった。今、息子は小学校3年でずいぶん楽にはなりましたが、仕事をしたいのに友達を沢山連れてくるなど、両立はいまだに悩んでいて、まだ渦中にいる感じです。中学生くらいになればもう少し落ち着くと思うのですが。ブログを書きながら私自身、先の見えないドキュメンタリーという感じでした。だからこそ自分のケースを残しておこうと思ったんですね。
JVTA ドキュメンタリーで経験を積むうちに、ドラマや映画にも携われるようになったんですね。
三浦さん 最初はドキュメンタリーでチーム翻訳も経験しました。6年くらいしたら、映画祭のショートフィルムや、リアリティ番組なども担当するようになりました。現在は、配信系のオリジナルドラマや映画の字幕や吹き替えなどを中心にやっています。
※『バーニー・トムソンの殺人日記』
中でもMTVの『衝撃!世界のおバカ映像 Ridiculousness』は、シーズン1からずっと字幕を担当していて大好きな作品です。司会のロブ・デューディックも好きですね。遊具に乗ってたら勢いが良すぎて飛ばされちゃうとか、どこかから落ちてしまって痛そうなものとかコメディの要素が強いので字幕は大変ですが、楽しみながら翻訳しています。イギリスの俳優、ロバート・カーライルの初監督作品『バーニー・トムソンの殺人日記』などもブラックジョーク満載で面白かった作品です。これも字幕と吹き替えの両方を担当しました。
JVTA 映画やドラマでは苦手なジャンルを担当することもありますよね。
三浦さん ホラーが苦手です。セリフが少なくて翻訳としては楽なんですが…。この間もゾンビもので血がブシャー! という90分の長編映画を担当し、つらかったですね。「これは作品なのだ」と自分を洗脳しながら頑張りました(笑)。吹き替えだと音を全部拾わなきゃいけないので、「SE(血しぶき)」とか台本を作ります。さらにゾンビが沢山出てきて、しゃべるんですよ。最終的に話者名がソンビ1からゾンビ75までいきました! クライアントとの関係もあり、ホラーも断れなくて時々やるのですが、この作品が一番きつかったです…。
※イメ―ジ
JVTA ホラーを夜中に凝視はきついですね!!
三浦さん そうですね。ドキュメンタリーの時は「ドラマやりたい! 映画やりたい!」とずっと思ってましたが、いざできるようになると苦手なジャンルもありますから。いま思えばドキュメンタリーは言葉がちゃんとしていて、訳しやすいと思います。ドキュメンタリーはナレーターが堅い口調で話してインタビューがあってとトーンや構成がきっちりしていますよね。ドラマや映画はみんなが一度にしゃべりだして、「誰の声を拾ったらいいの?!」ということも少なくありません。スラングもあるし、キャラクターづけも必要なので、それはそれで大変だなと。ドラマだから楽というわけではないし、確かに楽しいけど、また違う大変さがあります。でも新人の時にドキュメンタリーできちんと経験を重ねたことが今に繋がっていると思います。
JVTA 今回電子書籍化をしたきっかけは、何かあったのでしょうか?
三浦さん ブログを始めた時から何らかの形にしたいと考えていました。2010年に書き始めた当時よりも電子書籍が身近になり、出しやすくなりましたし、書き溜めてきたストックもあり、いいタイミングかなと。でも字数に制限があって実はデビュー後のさわりの部分がメインになっています。私も今回執筆して初めてKindleを使ってみました。
JVTA 発売後の反響はありましたか?
三浦さん ブログにコメントをいただきました。同業者から「すごく分かる。共感できる」という声が多いですね。一番嬉しかったのは、これから翻訳を始めようとする人が「こういう情報はなかなかなかったので参考になった」と言ってくれたこと。そこを目指して、きれいごとではなく、悩んで失敗したことも全部綴ってきたので。
ブログの読者も増えました。一過性のものでバーン! と売れるより、バイブル的にじわじわと長く読んでもらいたいと思っています。
JVTA 今学習中や、トライアルに奮闘中、新人としてドキュメンタリーに取り組んでいる後輩の皆さんへ、メッセージをお願いします!
三浦さん トライアルになかなか受からなくても、「あきらめないで!」と伝えたいですね。新人時代に取り組むドキュメンタリーの経験が絶対に役に立ちます。私も今はドラマや映画ができるようなりましたが、いまだにいつも勉強しながら格闘しています。
映像翻訳のスキルをどんなに積んでも作品によって内容やトーンが全然違うので、必然的に自分の得意分野と苦手な分野があります。例えば私が、個人的にはあまり見ないハードボイルドなドラマを担当したら、なんとか格好良いセリフをひねり出さなければなりません。実際、「セリフがなよっぽい」とチェッカーに言われたことがあります。どんなジャンルでもマニアの人が見て「おっ!」と思うセリフや違和感のないセリフを作るのは大変なことですよね。
セリフが少ない作品も一つのセリフに重みがあるわけで、一つひとつを丁寧に訳しますから、決して楽ではないんです。結局、映像翻訳者にゴールはないんだなと実感しています。私が体験したことをリアルに書くことで、皆さんの参考になったら嬉しいですね。
JVTA 今後のご活躍を楽しみにしています。ありがとうございました!
◆電子書籍「ママがフリーランスの『映像翻訳者』で稼げるようになるまでのお話」
三浦直子著
詳細はこちら
◆三浦直子さんのブログ
ブログ『男子母&映像翻訳者のうろうろ日記』
https://ameblo.jp/miunaohassy