漫画と実写ドラマ 表現のバランスを追求した字幕
ついに、実写版『ONE PIECE』がNetflixにて配信された。2023年の海外ドラマとして、日本で最も注目を集める作品だと言ってもいいだろう。Netflixによれば、2023年8月31日に配信開始となった同作は配信から4日間で1850万ビューを達成、またアメリカや日本を含む46か国で1位を獲得し、93か国でトップ10入りしたという。
日本の漫画作品でありながら、海外でドラマ化されたために言語は英語になっている。日本の視聴者が楽しむには日本語字幕や吹き替えが必要だ。そんな本作の字幕翻訳を担当したのは、JVTA修了生の高橋百合子さんである。
『ONE PIECE』は1997年に連載が始まり、25年以上続く人気漫画だ。長い歴史の中で数々の名ゼリフがある。漫画を読んだことのない人でも「海賊王におれはなる!」というセリフは耳にしたことがあるだろう。『ONE PIECE』のセリフは、「名言」として書籍にまとめられたこともある。それほど多くの日本人の心に刻み込まれているセリフを日本語字幕にするのは容易ではない。字幕としての表現を優先するか、漫画の表現を重視するか。そのバランスは非常に難しい。高橋さんは、どのように翻訳を進めたのか?
今回、高橋さんは翻訳において、ドラマの脚本、アニメ版の英語字幕、そして原作漫画の日本語の3つを比較しながら字幕を考えた。「ドラマ版は必ずしも原作のセリフをそのままなぞっているわけではありません。思い込みで訳してはいけないし、原作の大事な部分を外してもいけないと、悩みながらの作業でした」と高橋さんはいう。ドラマ版には漫画にないシーンやセリフもある。セリフ自体は何気ないものだったとしても、キャラクターが発した言葉としてファンの人たちには重く響くかもしれないと、翻訳に頭を悩ませた。
また、絵と文字で進む漫画と、人間が演じる実写ドラマでは様々な面で表現が異なる。漫画の場合は文字で書かれたセリフがすべてだが、ドラマ版では俳優による「演技」という要素がある。たとえば漫画では登場人物がセリフを大声で叫ぶ表現になっていても、実写版ではやや抑え気味になっていたり、少しずつ口調が力強くなったりと違いがあった。
漫画に沿った表現にするか、ドラマ作品として違和感のない表現にするか。日本で多くのファンを抱える人気漫画の実写作品だからこその難しさだ。しかし、字幕は最終的に映像と共に視聴者に届く。映像には俳優の演技があり、耳から入る声のトーンなども情報となるため、高橋さんは表現に悩んだ時はなるべく原文だけを見て、素直に訳すようにした。字幕に「勝手な色」をつけないよう意識し、言葉遣いも当初はやや大人しいものにしていたという。表記も漫画のイメージに引っ張られ過ぎず、極力一般的な字幕ルールに則った。
最終的にはクリエイティブチームの提案に基づいて調整した部分や、吹き替え版に合わせて字幕を変更した部分もあったという。そうして出来上がった最終字幕について、「最初よりも漫画に寄った表現に仕上がり、結果的にいいバランスになったと思う」と高橋さんは語った。
企画発表時から大きな話題となっていた本作ついて、高橋さんは徐々に翻訳を担当することへの責任の重さを感じるようになった。「たまたま『ONE PIECE』の実写版が制作されていることをニュースで知り、『これを翻訳する人はプレッシャーだろうなあ』などと他人事のように考えていました。そんな時に翻訳の依頼をいただいたので、とてもびっくりしました」と、翻訳担当となることは高橋さんにとって全く予想外だった。担当が決まってからはドラマで扱われている「東の海(イーストブルー)編」を中心に繰り返し原作漫画を読み、アニメ版もできる限り見て翻訳に取り掛かった。
翻訳作業を進めているうちに少しずつ作品情報が解禁となり、プレッシャーは段々と大きくなっていったという。長年のコアなファンが見ても違和感のない字幕を作るのは、至難の業だ。しかし「絶対に面白いので早くみんなに見てほしい」という気持ちを持って、高橋さんは翻訳に取り組んだ。
そして配信開始から約半月が経った今、ネット上には本作に対する感想が溢れている。中には「字幕版と吹き替え版を両方見た」という人も多く、「字幕が原作を踏まえた言い回しや口調になっていた」「特に大事なセリフは吹き替えと字幕が一緒になっていて良い」など、字幕や吹き替えに言及しているコメントもあった。それだけ漫画のセリフにこだわりを持つファンが多いということなのだろう。高橋さんが漫画やアニメを繰り返し確認し様々なリサーチを重ねて作り上げた字幕は、日本のファンが作品を楽しむための大きな一助になった。
これから本作を見る人は、ぜひ字幕の表現にも注目して見ていただきたい。
実写版『ONE PEICE』については▶こちら
JVTA修了生、土橋秀一郎さんの連載コラムでも実写版『ONE PEICE』を紹介。気になる俳優陣は?▶こちら
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