これからの映像翻訳者が目指すべき“字幕と吹き替えの二刀流”
「洋画を見るなら字幕で見るか、吹き替えで見るか?」とは、日本の映画ファンの間でたびたび話題となるトピックである。2021年に株式会社PLAN-Bが実施したアンケートによれば、映画を見るとき「字幕」が多いと答えたのは57.8%、「吹き替え」が多いと答えたのは42.2%という結果だった。
一方で、JVTAが2023年にTwitter(現X)上で行った「自分が翻訳に関わるなら『字幕』?『吹き替え』?」というアンケートでは、参加者の81%が「字幕」と回答。映像翻訳者=字幕を作る人、というイメージが強いのか、映像翻訳に興味・関心がある層の中では圧倒的に字幕派が多かった。
しかし一般の映画鑑賞において字幕派が57.8%、吹き替え派が42.2%という結果を見る限り、実は両者の人気にそれほど差がないと言えるだろう。また近年の OTTサービス(配信プラットフォーム)の広がりに伴い、吹き替えコンテンツの需要は急増している。海外の映像を日本語音声で楽しめる吹き替えの人気はこれからも高まっていくことが予想される。つまり、映像翻訳者としては字幕翻訳だけでなく吹き替え翻訳のスキルも身につけるべきであるということだ。
字幕に比べると、まだ知られていないことが多い「吹き替え翻訳」。その一端が、JVTAの修了生であり、劇場公開作品を多数手掛ける吹き替え翻訳者・瀬尾友子氏を招いて実施されたセミナー「劇場公開作品を手掛ける翻訳者が解説~これだけは知っておきたい!吹き替え翻訳の常識~」にて明らかになった。
字幕と言えば「字数制限」。では吹き替えは?
「他言語で作られた映像作品を日本語に翻訳する」という点では、字幕翻訳も吹き替え翻訳もその本質は同じだ。しかしその翻訳工程には様々な違いがある。その1つが「字数制限」と「尺合わせ」だ。
字幕で使える文字数に制限があることは、メディアで取り上げられることもあり知っている人も多いだろう。日本語字幕では1秒に入れる文字数は4文字までというのが一般的なルールであり、映像翻訳者は「セリフの秒数×4文字」の字数制限の中で翻訳をしている。
一方、吹き替え翻訳には「尺合わせ」というものがある。これは日本語のセリフを、原音のセリフが話されている長さに合わせることである。話し始めと話し終わりを合わせるだけでなく、原音と口の形までを合わせたセリフづくりが求められる。原音で口が開いている時には日本語も口が開く音を、閉じている時は閉じている音を入れるのだ。これは「リップシンク」と言われる手法で、吹き替え翻訳者は一通りセリフを翻訳した後、一人で全登場人物のセリフを声に出して読み、この「尺合わせ」をする。
「尺合わせでは、とにかく映像をよく見て口の動きを合わせます。若者が早口でしゃべるドラマは日本語も早口にセリフを作る必要がありますし、高齢者がゆったりしゃべる場合にはゆったりとした口調で作る必要があります」(瀬尾友子氏)
この「尺合わせ」の他、字幕では訳さない周囲の話し声やアナウンス音声(ガヤ)まで翻訳したり、吹き替え収録のために登場人物一覧やストーリーの内容を端的にまとめた「梗概」を作成したりと、吹き替え翻訳には字幕翻訳では発生しない作業がある。
字幕版と吹き替え版における翻訳者の割り振り
ある映像作品に字幕版と吹き替え版があるとして、翻訳を同じ翻訳者が担当していると考える人は多いだろう。しかし実際には、翻訳者が異なるケースが多い。特に昨今増えている、字幕と吹き替えを同時配信するドラマということになれば、話数も多く一人の翻訳者がすべてを手掛けるのは至難の業だ。そのため、字幕と吹き替えで担当翻訳者を分けたり、複数の翻訳者でチームを組んで話数毎に担当したりすることになる。瀬尾氏によれば、「字幕と吹き替えで翻訳者が異なることで、解釈違いや訳の漏れを見つけることができる」というメリットもある。
また瀬尾氏は「前半は吹き替え、後半は字幕を担当」という依頼に対応した経験もあるという。字幕しか担当できない、という翻訳者では、このような依頼があった場合に依頼内容の半分が対応不可となってしまう。字幕と吹き替えの両方に対応できるスキルを持っているからこそ、仕事の幅が広がるという好例だ。
JVTAでは「字幕翻訳者」「吹き替え翻訳者」という分類をせず、両スキルを身につけた「プロの映像翻訳者」になるためのカリキュラムを組んでいる。字幕の翻訳ができるからと言って吹き替え翻訳が上手にできるというわけではなく、その逆もまたしかり。どちらにも対応するには、それぞれで必要とされる知識と技術が必要なのだ。これから映像翻訳者を目指す人は、ぜひ「字幕か吹き替えか」と限定することなく幅広いニーズに対応できるスキルを身につけてほしい。
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