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『ゴジラ-1.0』英語字幕に見る 日米における「ゴジラ観」

『ゴジラ-1.0』英語字幕に見る 日米における「ゴジラ観」

2023年末から2024年にかけて大きなブームを巻き起こした映画『ゴジラ-1.0』。その勢いは日本だけにとどまらず、北米公開から4日目にはデイリーランキングで興行1位となった。日本の実写映画としては異例の大ヒット。最終的に第96回アカデミー賞にて邦画初の視覚効果賞を受賞するという快挙にまで至った。

この『ゴジラ-1.0』の英語字幕制作を担当したのは、JVTAの日英映像翻訳科で教える映像翻訳者、トニー・キム講師だ。日本が誇る「ゴジラ」シリーズの最新作の英語字幕は、いったいどのように作り上げられたのか?JVTAが主催したセミナー「『ゴジラ-1.0』英語字幕翻訳者に聞く!世界に認められた英語字幕とは?」にて、トニー講師が字幕制作の裏側について言及。その1つが、「ゴジラをheで呼ぶか、itで呼ぶか?」というものである。

ゴジラはhe? it?
日本語を英語に翻訳する際、ポイントのひとつとなるのが「主格の代名詞」である。「彼、彼女、彼ら、彼女ら」という表現は、日本語の会話の中ではあまり使われない。一方、英語では”he, she, they”が必須である。英語は繰り返しを避ける言語であるため、2回目以降に出てきた名前はheやsheに置き換えられるのだ。

英語字幕制作において、主格の代名詞を決めることはそれほど困難ではない。該当するキャラクターが男性ならheを、女性ならsheを当てはめれば良い。しかしゴジラの場合はどうだろうか?

トニー講師は当初、ゴジラを示す代名詞としてheを使っていた。一般的にはゴジラはオスとされており、ハリウッド版の「ゴジラ」作品では基本的にheと呼ばれている。ところが字幕原稿を提出すると、トニー講師は制作の担当者から「heではなくitを使ってほしい」というフィードバックを受けた。

ゴジラという存在に込められた思い
トニー講師によると、「翻訳という観点ではheを使う方がしっくりくる」と感じた表現もあったという。しかし、映像翻訳は言語的な捉え方だけでは成立しない。セリフをそのまま置き換えるのではなく、作り手がそのシーンやキャラクターに込めた意味を推察し、どの言葉が適切かを考える必要がある。

今回のゴジラについて、山崎貴監督はあるインタビューで、「ゴジラは神様とも獣ともつかない、両方を兼ねた存在なんじゃないかなと感じた」と語っている。また、「(『ゴジラ-1.0』のゴジラに込めたのは)初代と同じ、ゴジラは核とか戦争のメタファー」であるとも説明している。

トニー講師も本作を見て、「このゴジラはストーリーの上で、台風や竜巻、地震などの自然災害と置き換えることもできるのでは」と感じていた。つまり、ハリウッド版のゴジラは何らかの理由で人間を襲う「モンスター」とみなすことができ、日本のゴジラははっきりとした破壊意識は持っていない「災厄」のような存在だと考えることができる。

フィードバックを受けたトニー講師は、最終的にheをitに変更して揃えた。heにするか、itにするか。些細なことに思えるかもしれないが、実はその訳語には「ゴジラに対する意識の違い」という大きな意味合いが込められている。

『ゴジラ-1.0』がけん引する、日本映画の未来
ハリウッドには日本の映像作品に影響を受けた映画が一定数ある。ギレルモ・デル・トロ監督の『パシフィック・リム』や、ウォシャウスキー監督姉妹の『マトリックス』は、日本アニメの影響を受けていることで有名だ。また、2000年初期には、『リング』や『呪怨』をきっかけとしたホラージャンルブームも起きた。

そして今、「日本の実写映画にとって、アニメ同様に大きなチャンスが来ている」とトニー講師が感じるように、『ゴジラ-1.0』によって日本の特撮映画が世界に広がっている。これから先、『ゴジラ-1.0』の成功例をもとに、日本の実写映画を海外へ送りだそうという機運も高まっていくだろう。また先日の第76回エミー賞における『SHOGUN 将軍』の快挙も、日本語の映像作品が注目を集める一端になるはずだ。

映像翻訳は、日本の作品が世界に羽ばたくための一翼を担っている。『ゴジラ-1.0』でのheとitのように、言葉の選び方ひとつで観客に与える印象は変わっていく。日本の映像作品を真に世界に伝えるためには、プロの映像翻訳者による作品に寄り添った翻訳が不可欠である。

参考:

米アカデミー受賞『ゴジラ-1.0』 海外で培ったネットワークが財産に(2024.5.13 日経X TREND)
全米大ヒット中の『ゴジラ−1.0』監督の山崎貴と、養老孟司が初対談! 70周年を迎えるゴジラは、なぜつくられ続けるのか?(2023.12.21 Pen)
『ゴジラ-1.0』米国でも興行収入歴代1位!ラジオでその魅力を解説(2023.12.20 RKBオンライン)
『ゴジラ-1.0』アメリカでの大ヒットの理由は英語字幕とCGにあり(2023.12.15 Forbs Japan)
日本的宗教観映すゴジラ 「怒れる〝タタリ神〟を人間が鎮める物語なんです」 山崎貴監督インタビュー(2023.11.18 ひとシネマ)

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