【染野日名子さんインタビュー】翻訳者としてキャリアを共に重ねてきた「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」への想い
7月13日、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭が開幕、串田壮史監督の『初級演技レッスン』のオープニング上映後、関係者によるオープニングパーティが行われた。JVTAは今年も同映画祭の上映作品10作品の英語字幕を担当。翻訳者の染野日名子さんとJVTAスタッフが参加してきた。
染野さんは今年、『初級演技レッスン』のチーム翻訳に参加したほか、これまでも同映画祭に数多く携わってきた。翻訳者として初めて関わったのは、2018年。翻訳ディレクターの指導を受けながらゼミ形式で字幕制作を行う『英語字幕PROゼミ』に参加し、短編作品『はりこみ』(板垣雄亮監督)の字幕を手がけた。その後、2021年に『親子の河』(望月葉子監督)、2022年に『明ける夜に』(堀内友貴監督)などを手がけたほか、2021年以降は、JVTAが字幕を担当した全作品のチェックとスタジオ収録に立ち会うなど、現在ではJVTAのディレクターたちも厚い信頼を寄せる存在となっている。映画やドラマ、アニメ、歌詞対訳、企業のプレスリリースなど幅広いジャンルで活動中だ。
『初級演技レッスン』は、廃工場で行う即興演技を通じて人々の記憶に侵入する男が、夢と現実の狭間で《奇跡》に出会うという物語だ。染野さんはこの日、ワールド・プレミアとなったオープニング上映にチームとして共に翻訳を手掛けたサンディ・ファンさんと谷山優果さんと駆けつけた。上映前の舞台挨拶には、串田壮史監督と出演の毎熊克哉さん、大西礼芳さん、岩田奏さんが登壇。作品の関係者と観客と共に鑑賞し、その反応を肌で感じることができたという。
「串田壮史監督は、字幕のスタジオ収録にも立ち会ってくださり、英語の細かいニュアンスを話しあえたのも貴重な経験でした。スクリーンのエンドロールに翻訳者として3人の名前が流れた時は感動しました。来賓のゲストの皆さんが『難しい作品だった』と話されていましたが、翻訳時にはチームみんなで時系列に並べ替えたり、解釈を話し合ったりしたのがとても楽しかったです。」(染野さん)
串田監督は、2020年に長編デビュー作『写真の女』で同映画祭SKIPシティアワードを受賞した後、デッドセンター映画祭(米)の長編グランプリをはじめ、世界中の映画祭で40冠を達成し、7カ国でリリースが決定。そして昨年も『マイマザーズアイズ』が2作品連続でSKIPシティの国際コンペティションにノミネートされ、トリエステ国際SF映画祭(イタリア)など多くの映画祭に正式出品されるなど世界で注目を集めている。これまでアメリカ、イギリス、プエルトリコなどの映画祭に参加してきたという串田監督に、オープニングパーティで英語字幕に関する想いを伺った。
「英語字幕はネイティブだけが観るわけではないので、できるだけ簡潔な英語がいいと思います。例えば、同じ英語字幕で上映する場合もアメリカの映画祭とドイツの映画祭では観客は全く違うはずです。映画祭は世界の見本市で、英語で世界中に売るのですが、国によっては現地の人がそれを基に現地の言葉に訳しますし、アメリカなどで上映の場合はもっとネイティブ寄りの英語に直すこともあります。ですから、始めの段階では、英語があまり得意ではない人にも分かる字幕がいいと思いますね。」(串田壮史監督)
染野さんが収録スタジオで串田監督と話し合ったのは、主人公の男性が演技レッスンをする廃工場にかけてある時計に関する彼のセリフだという。
「時計は、止まったままにしてあります 時間を気にすると演技に集中できないので」
「はじめは“I’ve stopped the clock”となっていたのですが、私の意図としては彼が時計を止めたのではなく、始めから止まっていたというニュアンスでした。それがこの廃工場のキャラクターでもあり、彼がこの場所を選んだ理由でもあります。そこで、最終的には“I’ve left the clock stopped”にしていただきました。」(串田監督)
世界の映画祭での上映を数多く経験されている串田監督ならではの言葉は、私たち映像翻訳者にとって改めて英語字幕の役割や方向性を考える機会となった。
今年担当した10作品の中でも、染野さんが個人的にとても好きだという短編『だんご』の田口智也監督にも会場でお会いすることができた。この作品は俳優として活動する田口さんの初監督作品で自ら主人公を演じている。出所した兄と迎えに来た弟が生き別れた妹を探す旅に出るが、道中財布をなくした女性と出会う…という物語だ。田口監督によると、セリフはアドリブも多かったのだという。「グリコで遊んでいて階段から落ちた」「縁結びの神社やお守り」など日本ならではの文化が盛り込まれたセリフの訳し方や、「えっ」「え~」と兄弟で同じようなセリフを連発するシーンでは意味をくみ取りながら訳し分けをしたといった翻訳時のエピソードをお話しすると、撮影で実際に小道具として使ったというお守りを見せてくださった。こちらもテロップとして解説を入れたと伝えると「確かに英語では分からない設定も多かったですよね、ありがとうございました。」と大きく頷いていた。
「僕は全く英語を話せないので、自分の作品に英語字幕を付けていただけることを、実は密かに楽しみにしていました。アドリブのシーンも多くて、台本に書かれたセリフではないので、そのシーンのノリや空気感とかも重要だったりすると思うのですが、オープニングパーティーで染野さんやJVTAのみなさんとお話をさせていただいた時に、そういった部分も大切にしてくださっていたこと、作品の世界観をそのままに、言葉1つ1つ丁寧に、色々工夫して、より伝わりやすく翻訳してくださっていたことをお聞きして大変感激しました。当日、英語字幕が付いた自分の作品を観られてとても嬉しかったです。ありがとうございました!」(田口監督)
「田口監督とお兄さん役の沖田修一さんのファンということもあり、ほのぼのとした雰囲気の中に笑いの要素がたくさん散りばめられていて、とても好きな作品です。田口監督にエンディングの疑問についてお尋ねしたところ、丁寧に教えてくださいました。」(染野さん)
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭では、コンペティション部門の応募資格は、長編映画制作数が3本以下の監督の作品と定められており、今回が初監督作品というケースも多い。短編部門のアニメ『チューリップちゃん』の渡辺咲樹監督もその一人だ。主人公は、小学生の女の子チューリップちゃん。将来の夢は「還暦を孫にお祝いしてもらうこと」と語り、周囲に馴染めない彼女の成長をシュールなタッチで描いている。東北芸術工科大学映像学科卒業制作として手がけたこの作品では、監督・脚本・作画・音楽を渡辺監督が一人で務めている。エンディング曲の作詞作曲も手がけたという。
翻訳チームが字幕で迷ったのは、チューリップちゃんの独特なセリフの数々だ。進路指導の教師とのやり取りでは、「明けない夜はない」と言われれば「暮れない昼もない」と返し、「そうやってふざけてばかりいると食べていけなくなるぞ」と諭されれば「食べていけなくなったら、ドリンクバーに行って飲み物を飲みます」と返す。前後の流れの面白さを残しながら意味をきちんと伝えるために、翻訳者たちは苦労したという。「食べていく」とは生活をしていく(make a living)の意味だが、その解釈をいれるとドリンクバーとの対比が消えてしまう。結果的には、put food on the table(養う)という表現を使ってドリンクバーに繋がるセリフにしたという。英語字幕はただ、訳すだけではなく、全体の流れを作ることも重要なのだ。
「この作品のセリフは一筋縄ではいかないものばかりで、通訳をしている母からも英語字幕は無理なんじゃない?と言われていました。皆さんがそんな風に考えて作ってくださったと伺い、感激しています。私は英語の細かいニュアンスまでは分からないのですが、一緒に鑑賞予定の母にじっくり見てほしいと思います。」(渡辺咲樹監督)
会場では、ある関係者が染野さんに声をかけてくる場面も。聞けば、2022年の上映作品の撮影担当の方で、映画の公式Xを染野さんがフォローしたことから繋がったそうだが、直接お会いしたのは、この日が初めてだという。映画関係者と直接交流できるというのも映画祭の醍醐味だ。
「昨年私が一番気に入った作品の監督さん(永里健太朗さん)とは、パーティーや上映後にお話させていただき、その後Xでもつながらせていただきました。作品もご本人もとても面白い方で、今後のご活躍をとても楽しみにしています。今日は、『初級演技レッスン』主演の毎熊克哉さんともお話しすることができました。会場でお会いした監督の皆さんから、英語字幕に寄せる期待と海外出品への意欲を伺えたことも励みになりました。また、原稿のチェックや収録に立ち会うことで多くの翻訳者さんとの交流からも刺激をもらっています。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭からは翻訳者としてこれまで多くを学ばせていただきました。」(染野さん)
今年からは日英翻訳に加え、英日映像翻訳者としての活動も開始した染野さん。フリーランスとして積極的に繋がる行動力を駆使して今後ますますキャリアを広げていくに違いない。
◆SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024(第21回)
《スクリーン上映》2024年7月13日(土)~ 7月21日(日)
《オンライン配信》2024年7月20日(土)10:00 ~ 7月24日(水)23:00
公式サイト:https://www.skipcity-dcf.jp/
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