修了生が吹き替え翻訳を自らディレクション~作品選定から台本作成、収録、編集、アップまで~
修了生の二階堂峻さんは、映像編集や実務翻訳の経験を活かして2016年7月に翻訳チームCultural Life(カルチュアルライフ)を始動、字幕翻訳をした映画を自ら編集し、ネット上で公開しています。これまで手がけた作品は10作品以上にのぼります。そんな二階堂さんが短編映画『ブレインハッキング』(原題「The Brain Hack」)では初めて吹き替え版にも挑戦しました。作品の選定や字幕・吹き替え制作の交渉、台本作成、スタジオの手配、声優募集、吹き替え収録、映像編集などを総合的に手がけています。監督へのオファーでプロジェクトがスタートしてから編集してネット上に公開するまでは約2カ月。そこで今回は、二階堂さんが動画共有サイトVimeoに吹き替え版をアップするまでの行程を具体的に聞いてみました。
★講座修了後、クラスメートと勉強会を重ね、翻訳の技を磨く
JVTAでこういう仲間と出会えたことは本当に財産です(二階堂さん)
私は2015年10月期の英日実践コースを修了後、モチベーションを下げないために、同期のクラスメートと約10人で勉強会を開始しました。海外のWeb配信や海外版のDVDなどにも日本語の字幕がないもので自分が観たい作品を選び、その日本語字幕を作るというものです。具体的には、複数のグループでチーム翻訳をし、勉強会までにそれぞれが完璧に原稿をしあげてくる。当日はインポートリストを配って他のグループから指摘をしてもらいながらチェック。その場でSSTを使って直すという流れです。事前のチーム会議では夜中に電話会議も(笑)。JVTAでこういう仲間と出会えたことは本当に財産です。
↓
★Web上に字幕付作品の公開を目指し、作品の選定を開始
勉強会を重ねるうち、次はWeb上に公開できる映像に字幕を付けてみようと思い立ちました。VimeoやVimeoオンデマンドではインディーズの監督が自ら作品をアップロードしていて作品単位で映画を購入できます(1本300円から500円くらい)。いいと思った作品の名前などで検索、HPやSNSからたどっていき、「私は日本で映像翻訳者をしています。英語字幕はすでに付いていますが、この作品に日本語字幕を付けたいのです」と監督にメールを送りました。返信があるのは10人に1人くらいですね。
作品を選ぶ条件は「すでに英語字幕がついている」「短編、長編を問わず、トレーラーを見てちゃんとしている」ということ。基本的には、日本では劇場公開とDVDのみ、また映画祭のみの上映などの作品が対象です。こうした交渉を経て字幕を作り2016年に7本をアップロード、2017年も長編1本、短編2本の公開が控えています。
↓
★字幕制作の経験を踏まえて初の吹き替え作品に挑戦!
昨年10月に短編映画『ブレインハッキング』で、いよいよ吹き替え翻訳に挑戦。この作品は、2人の学生が、「視覚から脳を刺激することで神を見せる」という実験をするという内容で、言葉も医学的や科学的な表現が多く、映像も視覚を刺激される場面が目立つため、字幕だけでなく、吹き替え版にも向いていると思いました。また、「登場人物が2人だけ」という点も初めて声優さんや収録の手配をする私たちには無難かなと…。
↓
★監督へ映像使用許可の申請をする
『ブレインハッキング』の監督にメールでコンタクトを取り、「字幕と吹き替えの両方を無償で作りたい」と伝えました。この作品は海外の映画祭などでいくつも賞を取っているのですが、「今回はお試しという形でどうですか?」と声をかけたところ、「無償ならぜひお願いしたい」と返事がきました。監督からは映像のマスターの画質のテープとBGMだけが入った音源をもらいました。今回は、音声のトラックの切り替えではなく、吹き替え版の動画を新たに作って字幕版とは別に新たにアップという形式で、私が日本語版の完パケを作ります。
↓
※吹き替え台本を手がけた黒沢有里さんのコメント
英語のスクリプトを基に、20分の尺の台本を3週間で作成。「視覚神経」「視覚野」「シンメトリー(対称)」など耳で聴いただけでは、分かりにくい単語が多くて大変でした。例えば原文はすべて「シンメトリー」でも訳語では「シンメトリー」と「対称性」を織り交ぜるなどの工夫をしています。でも言葉をあまり分りやすく直しても作品の雰囲気が壊れてしまうし、文字数も増える。でも動きにも合わせたい…。そのさじ加減が悩みどころでした。情報を削ると意味が分からなくなる部分はどうにか言葉を詰め込み、収録では声優さんに早口で読んでもらったところもありました(笑)。
細かい息づかいを拾うことや詩の引用元を探すのにも苦労しましたね。もう何百回も見て、同作の字幕を手がけた高橋彩さんと相互チェックをしながら最後の最後まで書き直しました。
↓
★声優のキャスティング(2週間)
台本作成後、チェックの半ばで、香盤表(※全体の進行や出演者の出番などを記した進行表)を作成し、この作品で必要な声は男性2人のみでOKと確認しました。最初は声優事務所にいくつか声をかけてみたのですが、高額で断念。SNSやHPでフリーランスの声優さんを探しました。多くの声優さんがネット上で情報を発信し、金額なども提示していてサンプルボイスなども入手できます。その中から気になった方数人にオファー。作品の詳細や尺、収録日やスタジオの場所などを伝えました。OKを頂いた方には一部セリフが多そうな部分をサンプルでお渡しし、自宅収録でまず声を聞かせてもらい、オーディション。6人の中からイメージに合ったお2人を決定しました。
↓
吹き替えの場合、収録前までに映像と完成台本を声優さんに送って完璧に読み合わせをしてきてもらうのが一般的。プロの場合、当日は現場で1回リハをし、ちょっと直しを入れて2回目が本番という流れです。でも今回はこちらも初めてなので、収録当日は夕方17時開始のスタジオ収録の前に、13時から防音の会議室を借りて綿密に打ち合わせ、PCやモニターを持ちこんで映像を見ながら通しリハの読み合わせをしました。「もう少しテンションあげて」「もう少し低い声でシリアスに」など演技指導をここでお願いしました。
プロの声優さんの仕事ぶりに触れられたのも貴重な経験でしたね。台本では漏れてしまったような細かい息づかいなども1コマ1コマ入れてくれて映像と完璧に合うし、台本にびっしり赤で書きこみをしていて、1度読めばバチッと合う。今後の原稿作りやディレクションに生かせそうです。イントネーションやアクセントも改めて意識するようになりました。
台本執筆の黒沢さんも収録現場に立ち合いました。実際読んでみると“さしすせそ”の音が多くて読み切れない、聞きづらい、言葉がこぼれてしまうといった箇所があり、現場で語尾を書き直したりしました。
その後のスタジオでは1回リハ、2回目で本番と3時間あまりで無事に収録は終了しました。
↓
★映像と吹き替えの音声の編集(3週間)
私は大学の映画学科でPCでの映像の編集を学び、卒業後はテレビ局で映像の編集に携わっていました。自宅にはノンリニア編集ができる機材があり、私が出来上がった吹き替え音声データやテロップなどを入れて完パケ映像を作ります。その映像を監督に納品しました。
↓
★監督が映像をVimeoに即日アップロード。公開へ!
出来上がった『ブレインハッキング』吹き替え版はこちら!!
https://vimeo.com/193569321
※光が点滅する場面があるので視聴にご注意ください。
★今後は吹き替え翻訳に積極的取り組みたい!
私はディレクションする上で翻訳者に1人で1本の作品全てをお願いしています。出来上がった作品はネット上で公開されているので、ぜひ履歴書に書いて欲しいし、最初はボランティアであってもこの経験で仕事のプロセスを学んでもらえたらと考えています。
今後は、これを機にもっと吹き替え版も手がけていきたいと思います。吹き替えはコストも手間もかかるので、VimeoなどのWeb上にはまだまだ吹き替え付きの作品は少ない。「埋もれているいい作品を自分の字幕や吹き替えでもっとみんなに伝えたい」。私たち翻訳者のそんな原点を大切にしたいですね。