【JVTAが英語字幕を制作】短編アニメ『チューリップちゃん』がロッテルダム国際映画祭で上映
渡辺咲樹監督の短編アニメ『チューリップちゃん』(英題: Tulip-chan)が、1月30日からオランダで開催の「ロッテルダム国際映画祭」で上映される。英語字幕をJVTAが手がけた。この作品は、渡辺咲樹監督の東北芸術工科大学映像学科卒業制作として制作され、監督・脚本・作画・音楽を一人で務めたという意欲作。2024年に「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」や「ぴあフィルムフェスティバル」「那須ショートフェスティバル」などで上映され、「第16回下北沢映画祭コンペティション」では観客賞を受賞した話題作だ。
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主人公は小学生の女の子チューリップちゃん。将来の夢を「還暦を孫にお祝いしてもらうこと」と語り、なんとなく周囲と馴染めない日常と成長が描かれている。淡々としたセリフのなかに言葉遊びのようなフレーズがふんだんに盛り込まれており、英語字幕の制作は困難を極めたという。翻訳は3人のチーム(柚木身知子さん、茂貫牧子さん、R・Sさん)で行われ、ディレクターのフィードバックを反映しながら何度も話し合い、作品のテイストを伝えきるための表現を練り上げた。
「チューリップちゃんのちぐはぐな感じや、子供らしさ、高校生らしさなどを英語で表現しつつ、連想ゲームのように展開していく会話になるように言葉を探し出すのに苦労しました。
また、私自身のパートでは、ぼんやりとして空気が読めない感じのチューリップちゃんとおませな友達や空気を読みすぎる母親との対比の出し方に苦心しました。」(茂貫牧子さん)
翻訳者の柚木身知子さんが特に吟味したのは、高校生になったチューリップちゃんが学校で先生と面談をしているシーンだという。
「今回の翻訳作業では、日本語特有の表現を大切にしながら、チューリップちゃんの個性や作品の意図を損なわないよう、チーム内で何度も話し合いを重ねました。日本語ならではの韻や言葉遊びを活かしつつ、英語でも自然な表現にすることを目指しました。このプロセスを通して、日本語と英語の間で生まれるニュアンスの違いや、それを埋めるための工夫を学ぶことができ、大変貴重な経験となりました。」(柚木身知子さん)
【実際の訳文】
先生:「そうやってふざけたことばかり言ってると、食べていけなくなるぞ。」
→ “Be serious, or you won’t be able to put food on the table.”
チューリップちゃん:「食べていけなくなったら、ドリンクバーに行って飲み物を飲みます。」
→ “Then I’ll put free refill drinks on the table.”
先生:「先生の好きな言葉でね、明けない夜はないっていうのがあって・・・」
→ “My favorite saying is ‘It’s darkest before the dawn.’”
チューリップちゃん:「暮れない昼もないよ!」
→ “Every cloud has a dark lining!”
渡辺監督は、エンディング曲の作詞作曲も自ら手がけている。歌詞もまた、翻訳者にとって悩ましい分野と言える。短い言葉の中に込められたニュアンスの解釈がポイントとなった。チーム翻訳でこの曲を含む最後のパートを担当したR.S.さんはどのように完成させたのだろうか。
「エンディング・ソングの歌詞の翻訳に最も苦労しました。歌詞ということで『誰が』や『何を』といった主語や目的語が意図的に省かれている個所がたくさんありました。また劇中に出てこない言葉やいろいろな解釈ができる表現も多く含まれていたため、一つひとつの言葉が何を意図して使われているのか、作者の意図を理解するために、何度も映像全体を見直し、一緒に翻訳したチームのメンバーとも議論を重ねて、英訳を完成させました。チームのメンバーの意見を聞いてみると、自分とは真逆の解釈をしていたり、自分では思いつかないような表現方法を提案してもらったりして、仲間にはたくさん助けてもらって楽しく取り組むことができました。海外でも上映されるということで、チームで力を合わせて作り上げた英語字幕が海外の人たちが鑑賞される際の参考になっていたらうれしく思います。」(R.S.さん)
茂貫さんも自分のパートではないが、チームで話し合った歌詞のパートはとても印象に残っているという。
「『間違いだらけの今日よりも、へっぽこ明日が待っている』というくだりで、『へっぽこ明日』は、どういう意味なのか。チューリップちゃんは、一般的に良いとされる価値観ではない世界で生きていて、たとえ傍目には良くない状況だとしても、チューリップちゃん自身にとって好ましいのなら肯定的に受け止め、最終的には自分の夢を叶えて生きていると、この作品から感じました。作品を作られた監督さんの意図をどう捉えて表現すればいいのかを話し合い、とても勉強になりました。」(茂貫牧子さん)
完成した英語字幕について、渡辺監督はどのように感じたのだろうか? ロッテルダム国際映画祭参加を控えた監督からJVTAにメッセージを頂いた。
「『チューリップちゃん』を作っていた当初は、日本語特有の同音異義語や決まり文句をたくさん登場させて、日本語でしかできないことをやろうと息巻いていました。結果、とても翻訳しにくい脚本になってしまいました。しかし驚くべきことにJVTAさんは、その日本語特有の言葉のすれ違いをうまく英語の文化に置き換えてくださいました。字幕を見て、なるほど、こんな表現が英語にはあるのか!と驚きました。まさか海外の映画祭で上映できるなんて、脚本を書いていた時には想像もできなかったことです。素敵な字幕を付けていただき、ありがとうございました。」(渡辺咲樹監督)
ちなみに英題は「Tulip-chan」と日本語と同じ発音のままとなっている。「ちゃん」「さん」「くん」「先輩」「先生」といった日本語ならではの敬称は、マンガやアニメなどの影響で世界のファンにも定着しており、最近はそのまま生かす傾向にあるからだ。渡辺監督が一人で完成させた渾身の『チューリップちゃん』が、英語字幕を通して世界の観客にどのように響くのか。現地での反響が楽しみだ。
◆渡辺咲樹監督 公式サイト
https://dogsisgod.myportfolio.com/work
◆ロッテルダム国際映画祭 『チューリップちゃん』紹介ページ
https://iffr.com/en/iffr/2025/films/tulip-chan
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